ユリちゃんが外見も実年齢も本当に十代半ばだった頃のお話です。 なので他シリーズ(いろんな世界を回って経験を積んだ後)とは少し性格が違ったりします。 まだまだ人生経験が浅く、成長途中の頃。 生まれ故郷であるギルカタールを飛び出して最初に訪れた異世界の最初に訪れた国がミルドレッド二世の時代のパルメニアでした。 ユリはもともと胃袋がかなり頑丈な方である。 彼女は幼い頃から暗殺者としての訓練を受けて育ち、毒物に耐性をつける訓練を積んできた。 どうやらもともと身体が強い方だったのか単に相性が良かったのかは知らないが、ユリの薬物耐性はかなりのものだ。 しかもたとえ耐性のついていない毒物であったとしても症状は比較的軽く、また回復も人三倍早いというオマケまでついており、大抵の物であればなんでも問題なく消化することができる。 そしてその頑丈な胃袋は、ユリが生まれ故郷を飛び出して最初に訪れたこの国パルメニアの王宮において遺憾なく発揮されていた。 もっともそれは、彼女にとって非常に不本意な形でではあったが。 「まさかこんな風に役に立つなんて思わなかった」 「ん? 何か言ったかい?」 「……なんでもない」 ぼそりと呟いたはずの独り言を拾われて、ユリは表情を変えないまま首を横に振った。 そう?と返した彼女の主はたいして気にした風も無く、いそいそとパイを切り分けている。 時刻は陽の光が少しだけ柔らかくなった午後三時。 エスパルダ王宮内にある庭園の一角で、国王ミルドレッド主催のお茶会が行われていた。 「今日はリンゴパイを焼いてみたんだよ。ちょっと焦げちゃったけど、割合うまくいったと思うんだ」 そう言ってミルドレッドはユリの前に取り分けたパイの皿を置いた。 本来なら、ユリは主であるミルドレッドの為に準備をする側のはずである。 しかしこのお茶会の主催者はミルドレッドであり、その目的は彼が自ら作った料理を客に食べて貰うこと。 そして今このテーブルには彼と彼の幼なじみで筆頭侍従を務めるエルゼリオ=ロジェオ=サルナード男爵、そしてミルドレッド付きの女官であるユリしかいない。 国王が臣下であるはずの二人に奉仕したとしても、何も問題はなかったのだった。 ちなみにユリは一応ミルドレッド付きの女官という身分ではあるが、彼女の仕事は他の女官とは全く違っている。 ユリの仕事はミルドレッドのお茶係だ。 ミルドレッドが望む時に花茶やお茶を振る舞う。 しかしそれはただの建前であるというのが実情だった。 ユリの本当の仕事は、国王陛下の手料理を毎日食べて差し上げるという、ただそれだけなのだ。 というのも。 ミルドレッドが作る料理は全て、クソマズイ塊――いや。 はっきり言って、ただの猛毒であったからである。 ミルドレッドが作る調理はどういうわけか全て毒物と化してしまうのだ。 これを食べてなんともならないのは彼の事実上の妻セルマゲイラぐらいのもので、大抵の人間は胃薬をしこたま飲み込んでから食べたとしても簡単にぶっ倒れる。 幼なじみであるが故に食べ慣れているはずのエルゼリオですら一瞬息が止まる。腹を下すことなどしょっちゅうだ。 ユリはセルマゲイラと同じく、この恐るべき毒物を食べても平気な類の人間であった。 故に一介の暗殺者であったはずが女官としてこの王宮に召し上げられ、猛毒生産機の作り出す物体をひたすらに消化する日々を送っている。 「さ、どうぞ召し上がれ」 ミルドレッドの焼いたパイとユリのいれた紅茶が綺麗にテーブルに並ぶとミルドレッドがにこにこと言った。 ユリとエルゼリオは一瞬顔を見合わせてから、いただきますと恐る恐るナイフとフォークを握る。 「おい、アリー。今日こそはまともな食べ物に仕上がっているんだろうな」 「まともなとは失礼だな、ロジェ。僕はいつだってまっとうな料理しかしていないじゃないか」 「今までのどこがまっとうだったと言うんだ…!?」 パイをフォークに突き刺したまま、エルゼリオはその手を動かそうとはしなかった。 何しろ彼は昨日のお茶会で振る舞われたタルトをひとかけら口に入れた瞬間に卒倒し、丸一日をベッドとトイレの中で過ごす羽目になったのである。 いくらミルドレッドの生み出す猛毒を長年食べ続けているとはいえ、彼の胃袋は鉄ではない。 ユリは仕方なく、大きめに切り分けたパイを口に入れた。 「おい、ユリ! 無理はするなよ、ヤバイと思ったらすぐ吐き出せ!」 ぎょっとしたロジェがフォークを投げ捨ててユリの肩をつかんでくる。 ユリはしばらく無表情でもくもくと咀嚼した後、期待に目を輝かせているミルドレッドの顔を真正面から睨み付けて、きっぱりと言った。 「不味い」 そして紅茶を一気に飲み干した。 ――余談だが、ミルドレッドのお茶会でユリがいれる飲み物は大抵濃い味の茶葉を選んである。 これはミルドレッドの毒物の味を少しでも打ち消すためと、お茶に混ぜてある毒消しの味を目立たなくするためである。 いくら鉄壁の胃袋を誇るユリでも、不味いもんは不味い。 そして好きこのんで自らの内臓を痛めつけたいわけではないのだ。 口の中から悪夢のような味をぬぐい去ると、ユリは変わらぬ表情のまま淡々と続けた。 「見た目はまあ、パイの原型をとどめているだけ良しとして。なんなのこの味。一体何を入れたらこうなるの?」 「えーと、パイ生地でしょ、リンゴ、蜂蜜、香草、ワイン一本……」 ミルドレッドが指折り数え上げていくのを聞きながら、ユリはもくもくと自分の皿に切り分けられたパイを消化していった。 ひとつひとつ挙げられていくパイの材料は途中まではパイに入れるものではないもののまっとうな食べ物ばかりだ。 それが途中からあからさまにアヤシイものになり、顔色を青くしたロジェは完全にパイの皿を自分から遠ざけてしまう。 ひと皿だけは食べきったユリも、そんなものが入ってるなら先に言っとけ阿呆食べなきゃ良かったと内心思った。 この馬鹿王め。 「えーと、あとは…」 「もういいから。聞きたくない」 なおも数え上げようとするミルドレッドを遮って、ユリはため息をついた。 昨日のタルトはまだ問題ない範囲だったが、今日のパイはさすがに、いくらユリの胃袋でもなんとなく違和感がある。 これはロジェが食べでもしたら間違いなく即昇天するに間違いないと判断して、ユリは己に課せられたこの城の人間を王の毒物から守るという己の職務を全うすることにした。 「これ、私以外の人間が食べたらたぶん死ぬから。破棄するよ」 「ええー。もったいない」 「一切れは食べてあげたでしょ。我慢しなさい」 ぴしゃりと言って、ユリは待機させていた女官を呼ぶとミルドレッド手製のパイを全て片付けさせた。 入れ替わるようにユリや料理人が作ったまっとうな茶菓子がテーブルへと並べられ、ロジェの顔がほっと緩む。 ユリは自分専用のワゴンへと新たな湯をもってこさせると、数種類の花びらを選んでポットへと移した。 香りを楽しむことを本来の目的とする花茶はあまり味がしないためミルドレッドが作ったものに合わせるのには不向きだが、普通の、まっとうなお茶菓子と共に楽しむのならやはり花茶が一番合う。 三人分の花茶を手早く煎れて二人に手渡すと、ミルドレッドは嬉しそうに、ロジェはほっとしたような表情でカップを受け取った。 百合も自身のカップを手にとって、花の香りを楽しんでから一口。 口の中に広がる花の香りと少しだけ混ぜ込んだはちみつの甘さが、先ほどの悪夢を洗い流していった。 王様のお茶会
一応彼女の仕事はミルドレッドのお茶係なので、お茶や花茶の入れ方はものすごく特訓させられました。 最初は嫌々でも途中から結構はまってしまったようで、他の世界でも頻繁に飲んでいるようです。 ユリちゃんのお話に花茶が良く出てくるのはそのため。 実はシングレオ騎士団の団員に知り合いがいて、その繋がりでミルドレッドと知り合うことになりました。 ちなみにパルメニアに来たのは暗殺者としての仕事とは一切関係なく、今の仕事も時折ミルドレッドを暗殺の手から救うことはあれど比較的平和な感じ。 他の世界でユリちゃんが堂々と宣言している若干猟奇的とも言えるかもしれない紫色の瞳への執着はミルドレッドから(正確にはミルドレッドの死から)来ています。だから厳密には“紫色”ではなく“すみれ色”の瞳が好きなのです。アリーの瞳はすみれ色ですから。ついでに色素の薄い中性的な顔の美形好きも彼が原因。 花茶をよく飲んでいるのも紫色の瞳に対する執着も色素の薄い美形好きなのも、全てはミルドレッドの影響なのでした。 やっと書けてすっきりした…! この世界はユリちゃんにとって結構重要なところなので、じっくり練って書いていきたいです。 遠征王とか、プリハの時代の方も書いてみたいなあ。アルフォンス王とか、三つ子の王子様達とかも。 パルメニアシリーズ大好きだー!!!!!! 2012.8.19
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