BASARA『紫の縁(むらさきのゆかり)』の続きのような感じですが、そちらを読んでいなくても特に問題は無いと思います。

多重トリップシリーズでの白蘭夢は、
 @原作未来編の世界で白蘭に出会う(ただしここではかなり殺伐とした関係)
 A未来編終了後、ユリは別の世界(複数)へ移動する
 B久しぶりにリボーンの世界に戻ってきたら更正した方の白蘭に今度はマジで惚れられる
 Cいろいろあって無事?恋人同士に
という流れがあり、このお話はC以降の設定です。(いつか連載で@からCまで書きたい!な!)















「……あれ?」

 自室にて引き出しの整理をしていたユリは見覚えのない小さな巾着を見つけて首をかしげた。
 上品な紫色のちりめんで作られた巾着は片手にのるほどの大きさで、中には何か固いものが入っているようである。
 紐をほどいて中身を取り出したユリは、出てきた四角い小さな箱を見て思わず目を見開いた。

「こんなところにしまってたんだっけ」

 それは小さな黒い箱だった。
 表面は黒の漆塗りで仕上げられ、紫を差し色にした趣味の良い装飾と九枚笹の紋が控えめに施されている。
 ユリは目を細めて九枚笹をなでた。
 中身は開けずともわかっている。
 小箱のつるりとした色合いも上質なちりめんの手触りも、これをユリが初めて手にしたときとちっとも変わっていなかった。

「ユリちゃん、いるー?」
「白蘭」

 そこへ白蘭がやってきた。
 白に紫を基調とした衣服は彼の銀髪と紫色の瞳に合っていて、相変わらず外見だけはユリの好みど真ん中だ。
 顔立ちはもう少し中性的な方が好きなのだけれど、それはまあ仕方ない。
 それよりもユリにとっては白蘭の淡い紫色の――すみれ色の瞳の方がよほど重要だったので、別にいいかと思っている。
 系統は違えど白蘭も美形であることには変わりないのだ。

「ん? ユリちゃん、それなーに?」

 白蘭はユリの正面に座り込むとユリの手元を覗き込んだ。
 紫色の和柄の巾着に、同じく和柄の施された黒い小箱。
 和製の物には疎い白蘭でも、それがかなり上等な物であることは分かった。
 それから、巾着も小箱も傷一つ無い真新しい物のように見えるけれども、施されている柄は現代的な和柄というよりはどことなく古めかしさを感じるデザインであることも。

「これは、前に人に貰ったの。使い道がなかなかないから、ずっとしまいっぱなしになってたのだけど」
「ふうん。それ、何かの入れ物? 中身は?」
「口紅」

 丁寧な動作で小箱を開けたユリがほら、と中を見せてくる。
 白蘭の予想に反してその紅は淡い紫色をしていた。
 ほとんど使っていないのか、内側まで黒漆の塗られた小箱にたっぷりと入っている。

「これ、口紅なの? 紫色じゃん」
「だから使い道がなかったの。ずっと前の主が使ってたのを、あげるって言われて無理矢理持たされたんだけどね…」

 そう言って紅を見つめるユリの口元は懐かしさから楽しげに笑みを刻んでいて、その主のことをかなり気に入っていたことが見て取れた。

「フーン。こんな難しい色が似合うんだから、さぞかし美人サンだったんだろうねえ」
「…そうね。男のくせにやたら綺麗な顔をしてたから」
「…………男?」
「男」

 白蘭はぽかんと口を開けた。
 口紅と言うからてっきり女性だとばかり思っていたのだが、まさかの、男。
 ユリはくすくすとおかしげに笑った。

「中性的な顔立ちの人でね。全体的に線が細くて色白で顔立ちが綺麗だから何もしなくったって十分美人だったのに、なぜかこの薄紫色の紅を点したあげくヘンな仮面を付けていて」

 その主のことを思い出しているのだろう。
 ユリの瞳はここではないどこかを――おそらく、記憶の中の主のことを見つめている。
 どこか、懐かしげに。

「あなたと同じような銀髪とすみれ色の瞳の持ち主でね。身体は薄っぺらかったし、顔色は白いを通り越して青白いくらいだったから、かえって赤い唇より薄紫色の唇の方が似合っていたのよね」

 ふふふと機嫌よさげに笑うユリはすごく珍しい。
 珍しいのだが、ユリの笑顔を引き出したその原因が自分でないということが、白蘭の心中を面白くなくしていた。
 その人物が自分と同じ銀髪と紫色の瞳を持っていたのなら、なおさら。

「ねえ、ユリちゃん」

 ふと名前を呼ばれて、ユリはやっと白蘭の方を見た。
 それからこてんと首を傾けると、不思議そうな顔で機嫌が悪いわね、と言う。

「もしかしてまた妬いたの?」
「ユリちゃん酷い! 妬かないわけないでしょー!?」

 大げさすぎるくらいに嘆いて、白蘭ががばっとユリに抱きつく。
 ぐりぐりと肩口に額を押しつけてくる白蘭を、ユリは紅が落ちないよう気をつけながら抱きしめてやった。

 この手の話をすると白蘭がやきもちを妬くのはいつものことだ。
 特に白蘭は、ユリがすみれ色の瞳を持つ全体的に色素の薄い中性的な美形好きであるとよくよく知っているから。
 どうぜ僕はどう頑張っても中性的とは言えない顔つきだもんと拗ねられたことは一度や二度のことではなかった。
 どうやら白蘭はあれだけ強い押しをもってユリの恋人の座を射止めたくせに、いつユリが自分のもとを去って行くのか常に不安で仕方がないらしい。
 まあ確かに、ユリが過去に似たようなタイプの人物のもとを幾人も渡り歩いてきたという話を知ってしまったらそうなるかもしれないけれど。

 でもね、白蘭。
 彼らはわたしの主や友人ではあっても、わたしの“恋人”ではなかったんだよ?

「白蘭。…白蘭」

 ぽんぽんとあやすように背中をなでて、名前を呼ぶ。
 しばらくしてのろのろと白蘭が顔を上げた。
 若干乱れた前髪をかきわけて、額にひとつキスを落とす。
 それからユリは紅をとると、素早く白蘭の唇に塗りつけた。

「え、ちょ、ユリちゃん!?」
「……似合わないね」

 それも、ものすごく。
 薄紫色の唇は白蘭には全く似合わなかった。
 すみれ色の瞳も銀髪も彼と同じ。
 服装も、白蘭の方がより赤みの強い紫を使ってはいるが、似たような配色。
 違うとしたらその顔立ちと、肌の色くらいだろうか。
 この紅の持ち主は健康的でない肌の白さをしていた。
 それに比べて白蘭の肌は、男性にしては驚くほど白い方だけれど、あくまで健康的な、生き生きとした輝きのある白さだ。
 紫色の唇は似合わない。

「うん。やっぱり、あなたはあなただね」
「ユリちゃん?」

 満足げに頷いて、ユリは満面の笑みになった。
 それから白蘭に塗りつけた紅を落とすべく、顔を近づける。

「だからね、白蘭。わたしがいま居たいと願うところは、あなたの隣なんだよ」

 そのままユリは唇を重ねた。
 塗りつけた紅をぬぐい落とすような、キス。
 驚きに反応が後れた白蘭も、すぐにユリの後頭部に手を差し入れて応えてくる。



 二人の口づけは、薄紫の紅がすっかり落ちてもとの色を取り戻すまで続いた。






草の縁(くさのゆかり)

ユリちゃんのデレのターン!(ぐはっ)
この二人が甘くなると、作者に多大なるダメージを与えます。
好きなだけイチャラブしているが良いさ…!

あ、『紫色の唇は似合わない。』の一文ですが、ここでの「紫色」は「しいろ」と読みます。
なぜってほら、「紫色=しいろ=死色」ってことで…。
同じ方程式で行くと、青は生の色ですからね! 某音の地平線の国民としてつい。

家紋は黒餅とも悩んだのですが、とりあえず有名な方にしました。
付け焼き刃の知識丸出しなのでいろいろ間違ってたらこそっと教えて頂けると嬉しいです;

一応、BASARAの『紫の縁(むらさきのゆかり)』を下地にしているお話ではありますが、そっちを読まなくても問題はないと思います。両方読むとちょっとニヤっとなる程度で。
ちなみに『紫の縁』のあとがきで出てくる某王様のことも知っているとさらにニヤリとなると思います。
パルメニアシリーズのあの人なのですが、果たしてご存じの方はいらっしゃるのだろうか…。
2012.8.17