とくん。



とくん。とくん。



とくん、とくん、とくん、とくん。



とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん、とくん。


















とくん。


















驚愕と狂楽の出会い






「‥‥だれか、きた‥‥‥‥?」
床にぺたりと座り込んだ状態で耳を澄ませていた少女は、ふと顔を上げた。
少女の周りには黒いスーツを着た男達が数人、倒れている。
男達のうち半分は既に事切れ、半分は四肢を折られたまま放置され、
また今少女の正面に仰向けに倒れている男は今から事切れようとしていた。
ただの肉と化した男達も、その死にかけている男も、皆一様に首を切られている。
少女がいる部屋は毛の短い絨毯がひかれているが、
もともと赤黒い色をしていた絨毯は血で黒く変色していた。
部屋は、血の海である。
「あ‥‥、おわっちゃった‥‥‥‥」
死にかけていた男が事切れた。
少女は残念そうな顔をして立ち上がる。
そしてどこからか銀色の薄いナイフを取り出した。
なめらかな流線型のフォルムをした両刃のナイフは少女の二の腕ほどの長さがあり、
いくら少女が小柄な体格とはいえ、ずいぶんと長い。
まだ生きている男達のうち一番近い男の前まで移動すると、少女は軽く、腕を振った。
赤い飛沫があがる。
少女はそれを器用に避けて、
それから今自分が斬りつけたばかりの男の側にしゃがみこんだ。
そしてうっとりと瞳を閉じる。
しばらくそのまま、少女は動かなかった。










零崎軋識はとあるビルの前に立っていた。
階数は少ないものの、壁は一面のガラス張りで、
外から見れば巨大な鏡の箱の様に見える、立方体に近い形のビルである。
なぜ彼がこのようなビルの前にいるかと言えば、特に特別な理由なんて何もない。
ただの仕事だった。零崎一賊としての、仕事だ。
ただし、彼一人だが。
このビルは、正確に言えばこのビルのオーナーはつい先日零崎一賊を逆撫でするようなことをした。
だから、潰す。
そのためにそのオーナーが所有している物件は全て潰す、
中にいる人物は皆殺しにする。
いくつかある物件のうち、軋識が担当することになった建物がこのビルだった、それだけだ。
今頃は他の物件の方にも、彼の家族が潰しに向かっていることだろう。
このビルの構造は一般的なビルと何も変わらない。
多少セキュリティが厳しいところはあるが、
もともと裏組織としての建物ではないためたいしたことはない。
作戦も、ほとんど立てなくてもよさそうだった。
中へ入って、皆殺し。
いたって単純な仕事だ。
それでも念のためビルの周りをぐるりと一周して出入り口などを確認してもう一度ビルを見上げてから、軋識は入り口へと向かった。
自動ドアは静かにスライドする。
「‥‥‥‥?」
自動ドアをくぐって受付の前まで歩いていって、軋識は足を止めた。
別にわざわざ受付を通るためではない。
というか、受付のデスクには誰もいなかった。
いないかわりに、死体が床に転がっている。
おそらく受付嬢であろう女性が二人、首から血を流して死んでいた。
視線を素速く辺りへと向ける。
エレベーターの前。警備員と思われる黒いスーツの男。
死んでいる。
死因は、受付嬢と同じ。
「どういうことだっちゃ?」
呟いて、軋識は慎重に一階を捜索した。
が、ちらっと見ただけで、どこの部屋も同じだった。
同じように首から血を流している死体が転がっているだけ。
おそらくはナイフで、鮮やかな一閃。
外傷は、四肢を折られている以外、特になかった。
自分の前にこのビルに足を踏み入れた者がいる。
それも、かなりの手練れだ。
剣呑に目を細めて、軋識は思案する。
さて、どうするべきだろうか。
「目的‥‥は、これだけじゃわからないっちゃな‥‥。
 一階は全滅。死体はだいたい数時間前にできたもの。
 ということは、今も犯人がこのビルにいる確立は低いっちゃか‥‥」
上も行ってみるか。
慎重な彼にしては珍しく、軋識は即断した。
そして彼は二階へ行って、一階と同じような光景を見る。
三階へも行った。四階へも。五階も。六階。七階。八階、九階。
皆、似たような惨状だった。
室内に争ったような形跡は一切ない。
荒らされた跡もない。
ただ無数の死体が転がり、皆一様に四肢を折られ、首を、正確には動脈を切られていた。
死因は失血死だ。
床は乾いた血で赤くなっていた。
上の階に行くほどに死体は新しいものになっていく。
どうやらよほど時間をかけて殺していったらしい。
鮮やかな手口とは裏腹にかかりすぎている時間に、軋識は眉をひそめた。
このビルは十階建て。
残るは、あと一階。
どうせ同じ景色が広がっているだけだろう――。
軋識は己の名札代わりともなっている釘バットを担いで、階段を上がった。








「また、おわっちゃった‥‥」
残念そうにぽつりと呟いて、少女は立ち上がる。
そしてまたナイフを握り、次の男へ。


一閃。

散る赤。

うっとりとした表情。

しゃがんで、耳を澄ませる。


もう何時間も何十回も繰り返された行為。
飽きることなく、何回も何回も。
繰り返し繰り返し。
生きている人間がいる限り、
生きている人間がいなくなるまで、際限なく。











何回でも。













十階へと階段を上がっている途中で、軋識はふと違和感を感じた。
十階へとたどり着く。
この階も相変わらずのむっとした血臭に包まれていた。
通路に転がる死体。
広がる赤。
おそらくこのビルにいた百人近くの人間は皆、同じ死に方をしたのだろう。
よくもまあちまちまと斬ったものだ、と軋識は呆れた。
念のためぐるっと各部屋をまわり、死体を確認する。
このフロアの死体はずいぶんと新しかった。
それでも一時間以上前のものばかりだが。
最後に一番奥の部屋へ。
ここは、社長室のようなものらしい。
軋識は扉を開けようと無駄に豪華に作られた取っ手へと手を伸ばした。
が、そこで手は止まる。



扉の向こうから、何かの気配。









まだ生きている人間が、いる。

















とくん。

とくん。とくん。

とくん、とくん、とくん。

とく ん とく ん とく ん。

とく                   ん。






少女は耳を澄ませている。
耳に心地良い音。
だが数分前から雑音が混じっていた。
「すこし、じゃま、かな‥‥。でも、きれいなおと‥‥‥‥」
小さく呟いて、また耳を澄ませる。






この部屋の中で生きている人間は少女を除いてあと、二人。












「‥‥‥‥‥‥」
軋識は扉の取っ手を握ったまま神経を研ぎ澄ませていた。
室内の気配は三人。
ひとつはひどく弱々しい。
残りふたつのうちどちらかが、もしくは両方が犯人だろうか。
それとも犯人はもういないのか。
いや、ここまで来るとその可能性は低い。
軋識は呼吸を整えた。
相手もかなりの手練れだ、きっと自分の気配にも気付いているのだろう。
釘バットを軽く持ち直すと、軋識は扉を開けた。









「な‥‥‥‥っ?」
扉を開けて中にいる人物を確認して、軋識は絶句した。
室内にはやはり首を切られた死体。一面の赤。
それから、部屋のほぼ中央部分、
唯一本来の絨毯の色を残していると思われるその部分にしゃがみこんで目を閉じている少女が一人。
少女の背後にはまだ息のある男が一人、
少女の正面には今にも息絶えそうな男が一人。
思っていたものとは違う光景に、軋識はしばし、停止した。
数秒間の沈黙。
少女は座り込んだまま、動かなかった。
瞳を閉じて、じっと、じっと、何かに心を奪われているような、そんな表情で動かない。
やがて、男の息が止まった。
かすかにあった呼吸が止まり、生命活動が停止する。
この部屋で生きている人間は三人になった。
それまで微動だにしなかった少女がゆっくりと目蓋を押し上げる。
なめらかな動作で立ち上がると、薄く長い刃のナイフを一本、取り出した。
――――来るか。
軋識は構える。
だが少女は軋識には目もくれずに、今まで自分が向いていた方向とは反対の方に、
くるりと向きを変えた。
その視線の先には、まだ生きている黒スーツの男。
すっと、少女がナイフを握った右腕を上げる。
まさか。と、軋識は思った。
そして少女はそのまま、ナイフを振る。
飛び散る赤。
だが少女の座る場所は汚さず、吹き出た血は少女とは反対向きに流れ出る。
少女はまた座った。
そして瞳を閉じ、動かない。
恍惚とした表情で、軋識の存在なんて全く気にしていないようだ。
「‥‥おい」
声をかけても、少女は動かなかった。
「お前は誰だ?」
問うても、反応すら示さない。
軋識は、部屋の中央、少女へと近づいた。
真後ろに立っても、まだ、少女は動かない。振り返らない。
軽く苛立ちを感じて、軋識は釘バットを振った。
肉と骨が潰れる嫌な音が響く。
軋識のバットの先端に潰されて、男の頭部はあっけなくぐしゃぐしゃに飛び散った。
「‥‥‥‥‥‥?」
そこで、ようやく少女は振り返る。
まだ幼さを残した、大きな瞳がやや驚きに見開かれて、丸くなっている。
大きな黒目だった。 そのまま少女と軋識は見つめ合う。
何かを言おうとしても、軋識の口は動かなかった。
少女は一度ぱちくりと瞬きをして、
それから軋識の全身を見て、
釘バットを握る腕を見て、
釘バットを見て、
その先端が黒スーツの男の頭部を潰しているのを見て、
それからまた視線を軋識に戻した。
ゆっくりと立ち上がる。
少女の身長はとても低かった。
弟の人識と同じくらいの高さしかない。
長身の軋識とは至近距離であるために、少女が軋識を見上げるにはかなり顎を上げなくてはならなかった。
腰まであるまっすぐで黒々とした黒髪、大きめの瞳。
年は人識より少し上だろうか。
陶器のように真っ白い肌、細すぎるほどに華奢な肢体。
服は全て艶のない黒で、袖が長めの長袖にプリーツのミニスカート。
左胸に、音符をかたどった珍しい形の銀色のブローチがつけられている。
底がやや厚めの、同じく艶のない黒いブーツ。
容貌は、とてもかわいらしい。
美少女という言葉がまさにぴったりであるが、表情はぼんやりとしていて、
無表情というわけではないにしても乏しい。
ありふれた表現ではあるが、人形のようだと軋識は思った。
少女はゆっくりと首を傾げる。
そして視線は軋識の顔から、左胸へ。
少しだけ瞳が細まる。
そして、



「いい、おと‥‥‥‥」



嬉しそうに唇の端を笑みの形につり上げると、うっとりとした表情で言った。
軋識はその表情を見て、その声を聞いて、鳥肌がたった。
背筋を嫌な汗が伝う。全身の筋肉が硬直して、動けなくなる。
頭の中で警鐘が鳴る。がんがんと響く。
少女の表情は、軋識の恋する少女がよく見せるそれに良く似ていた。
幼い顔立ちに浮かぶ艶めいた笑み。
声はもちろん違うが、それでも十分に人を酔わせる魅力を含んでいる響き。
こめかみを汗が滑り落ちた。
少女は腕を伸ばしてくる。ナイフを持っていない方の手。
それでも軋識は、反射的に右腕を振った。
「っ!」
ガキン、と金属同士のぶつかる音が響いて、軋識の腕は振り抜かないまま止まる。
まさか、と思いつつ見れば、少女はその細腕で、その華奢な身体で、
軋識の釘バットを――愚神礼賛を、止めていた。
驚いた表情で、いつのまに取り出したのか――いやそれ以前にどこへ隠し持っていたのかわからないほど分厚いナイフを使って、両腕で受け止めている。
少女の足下は、衝撃でやや後ろへずれたらしく右足が血で染まった絨毯の上にあった。
が、それだけだ。
軋識よりもずっとか細い少女が、釘バットを受け止めていた。
驚きすぎて、声も出ない。
「あぶない‥‥‥‥」
少女は静かに言った。慌てた様子などない。
軋識は未だに釘バットへ力をこめている。
だというのに少女はびくとも動かなかった。
それどころか冷静にバットの構造を観察している。
「お前――――」
「あぶない、わ。ああでも、さっきの金属音は、けっこう、すき‥‥」
ふふっと笑って少女は素速く身を引いた。
とっと軽い音をたてて後方に着地すると、さすがに腕がしびれたのだろうか、
左腕を押さえながらふわりと微笑む。
よく見れば、薄いナイフにも分厚いナイフにも、
ブローチと同じ音符の紋様が刻まれていた。
「ねえ、あなた、おなまえは?」
「は――?」
「あ、でもすこしだけまって‥‥。その釘バットは、しっているようなきがするの。
 あなた、有名さんよね? とてもいいおとをもっているのね‥‥」
軋識は困惑した。困惑以外にどんな反応をすれば良いのかわからない。
「えっと‥‥、釘バット‥‥。バット? ‥‥殺し名、だったかな‥‥」
ふっくらとした唇に指先をあてて、少女は考えている。
白い指と赤い唇のコントラストが、なんとも艶めかしい。
「ああ、おもいだした。零崎一賊の‥‥、シームレスバイアスさん、でしょう?
 とっても有名だわ。ふふ、まさかこんないいおとをもっているなんて、意外。
 でも、そうね、予想できなくは、なかったことかな‥‥」
少女は嬉しそうに、微笑む。
軋識は、自分の表情が引きつるのを感じた。
「お前――は、何者だっちゃ‥‥?」
「わたし? わたしは、よ」
「何故、このビルの人間を殺した?」
自分でもおかしいと思うほどに、軋識の思考は停止していた。
おかしい、いつもの自分ならもっと別の質問をしたはずなのに‥‥ありふれた言葉しかでてこない。
「おとが、ききたかったの」
「音?」
「そう、おと。心臓がとまる間際の、心音。だんだんとゆっくりになって最後にはとまってしまうおと」
心音。
それを聞いて、軋識はなぜ全ての死体が首を切られていたのか、
なぜあんなにも一階と最上階の死体の鮮度が違うのか、理解した。
このという少女は、一人一人の心音を、
それも死にゆく心臓の鼓動を聞きたいがために首を切って失血死させたのだ。
四肢を折ったのは、順番待ちのためだろう。
一人ずつ斬りたいが、逃げられたり邪魔されたりするのは困る。

異常だ。

軋識は真っ先にそう思った。
「おとがすきなの。だんだんよわくなっていく心音は、三番目にすき。
 二番目は、心臓がとまる最後のおと。最後の一回。とてもよわい、一回かぎりのおと」 他から考えれば零崎だって十分に異常と呼べるだろうが、それでも軋識は異常と思わずにはいられなかった。
少女は――は、うっとりとした表情で続ける。
「二番目と三番目にすきなおとは、べつにだれでもいいの。
 だれでも、それなりにきれいにきこえるから。
 でも、一番すきなおとはだめ。いままでだって、
 ほんとうにきにいったおとはみつけたことなかったの。
 でも、みつけた。ふふ、びっくりしちゃった、ほんとうにいいおと‥‥」
軋識は逃げ出したい衝動に駆られた。
が、なんとか踏みとどまる。
は続ける。
「一番すきなのは、殺人鬼がひとをころすときのおと。でも興奮しているおとはきらい。
 ただそうであるようにころす、そんなひとのおとがすき。
 よくかんがえたら、零崎さんたちはひとじゃないんだもの、
 もっとはやくにきづいてもよかったのよね‥‥。もうてんだったわ」
ふわり、は再び微笑む。
「シームレスバイアスさん‥‥零崎軋識さん、だったかな。
 ねえ、あなたの心音、とってもすきよ。
 いまのおとはちょっと乱れているけれど、でもとてもきれい。
 さっきそこに転がっているひとの頭をつぶしたとき、
 あのときのおと、ほんとうによかった。
 こんなことなら何人か生かしておくんだった‥‥。そうしたらもっときけたのに」
残念。そう言って、やはりは微笑む。
「ここにいるってことはおしごと? 零崎さんもこのビルをねらっていたの?
 でも中のひとはみんなわたしがころしちゃったから‥‥。
 ねえ、おしごと、これでおわり? それともまだ何かあるの?
 なかったら‥‥ううん、あったとしてもそのあとでいいわ。
 もっとそのおとをきかせてほしいの――。だめ?」
は小首を傾げる。
こんな状況下でなかったらとてもかわいらしい仕草だったが、
この場においては恐怖以外の何者でもなかった。
軋識はごくり、と鍔を飲み込んだ。
のどかかさついて、上手く声が出ない。
「――――断る」
掠れた声で、それでもしっかりとした声で軋識は言った。
「断るっちゃ――俺は楽器じゃない。そんなに聞きたいのなら、他を当たってくれっちゃ」
は残念そうな顔をした。
現在十三も年下の少女に恋している軋識にとって、
とてつもない美少女にそんな顔をされるのはあまり気分が良いものではなかったが、
それ以前にもともと歓迎できない状況である。
心音が好き? それも自分の――、零崎軋識の心音が?
冗談じゃない。
「わたしは、あなたのがいいんだけど‥‥。いやなら、しかたないか‥‥」
どうやら諦めてくれるらしいことがわかって、軋識はほっと胸をなで下ろした。
が、続けられたの言葉にその安堵感は砕け散る。
「零崎のうごきくらい、ちょっとがんばればよめるから‥‥軋識さんのおしごとのあとをつけて、こっそりきけばいっか」
「ちょっと待て」
うっかりキャラ作りを忘れて、軋識は突っ込んだ。
「こっそりって、たかだか心音程度の微弱な音、よほど近づかないと聞こえるわけないだろう」
「ううん、きこえるよ。わたし、耳がいいの。
 百メートルはなれていたって、心音ていどならきこえる。
 さっきはひさびさの心音を集中してききたかったからちかづいていただけで、
 そんなに近寄るひつようはないの」
軋識は絶句した。本日二度目の絶句だ。
心音程度なら聞こえる――だと?
普通、百メートルも離れたら、声だって叫ばないと届かない距離だ。
「ふふ、だからもんだいはなし。ああよかった」
は嬉しそうに両手を胸の前でぽん、と合わせた。
全然良くない。問題は大ありだ。
軋識の頭のなかは混乱していた。
なんなのだ、この少女は。
「そういうことだから、軋識さん。
 このさきおしごと中にわたしをみつけても、じゃまはしないからきにしないでね。
 ふふ、ほんとうに、あえてよかった。
 それじゃあ、これいじょういると戦闘になっちゃいそうだから、
 きょうはもうかえります。
 軋識さん、またいつか、あいましょう」
そしてはふわりと微笑むと――、とん、と軽く、床を蹴った。
「!?」
一瞬の出来事。
気付いたときにはは部屋の扉の下に立っていた。
軋識の脇を通り過ぎたようだが、全く見えなかった。
「ごきげんよう」
にっこりと笑ってそう言うと、の姿は消える。
慌てて軋識が部屋の外に飛び出た頃にはもう、の後ろ姿はおろか、気配さえも、残っていなかった。
「なんなんだったんだ‥‥‥‥?」
相変わらずキャラ作りを忘れたまま、軋識は呆然と呟く。
それくらい、軋識の頭は混乱していた。
一方のはビルを出たところで最上階の方を振り返り、耳を澄ませていた。
今彼女の耳には軋識の鼓動が聞こえている。
やや乱れ気味の、困惑したような音。
「このおとも、けっこう、すきだな‥‥」
人を殺すときはあれほど揺るぎない音をだしているというのに以外とデリケートらしい軋識の心音は、とても心地良い音だった。
「かえったら、軋識さんについてしらべてみようっと」
とんとんとん、と軽い足取りでは帰路につく。




彼らが再び再会するのは、意外にも早い一週間後のことだ。




驚愕と狂楽の出会い end.


壱万ヒット、大感謝です。ありがとうございます!!!
昔のはこんな子なのでした。
そしてもうおわかりでしょうが、が前にあったことのある零崎とは軋識のことです。
ちなみに、タイトルの「狂楽」は驚愕と同じで「きょうがく」と読みます。
ちょっとしたこだわり。