19 邂逅の閉幕食事の後、仲良く三人そろって皿洗い。 約一名微妙に役立っていない長身がいるが、 も人識もあえて何も言わないでいた。 「さてさて人識くん、これからのことなんだけれどね」 「あん? なんだよ、なんか予定でもあんのか?」 双識の言葉に人識は嫌そうに顔をしかめる。 対して双識はご機嫌といった表情だ。 「実はちょっとした仕事があってね――。 是非とも人識くんにもやってもらいたいのだよこの兄は」 「どうせまた殺しだろ? 大将と組めばすぐ終わんじゃねえか」 「アスにはもう別の用事を頼んでしまってね。 そういうわけで人識くん、皿洗いが終わったらすぐに出発だ」 「早っ」 人識は思わず突っ込んだ。 そんな二人のやりとりを見ながらは最後の一枚の皿を洗い上げる。 ふきんを持った人識に渡すと、双識が両手をがっしりと掴んできた。 僅かに、ほんの僅かにだが、のこめかみがひきつる。 「それでだ、ちゃん! ものは相談なのだけれどね、私の妹にならないかい?」 はなんだそりゃ、という顔になった。 人識はというと、吹き終えた皿を食器棚に戻しながら面白そうにの表情を伺っている。 きらきらと輝いている双識の目から視線を若干そらしつつは答えた。 「お断りします」 「なんでだい? ちゃんなら文句なしの完璧な妹になれると思うんだけれどね」 「私はもう人は殺せませんから」 「‥‥理由を聞いても?」 やや真剣になった双識の手を無理矢理に引きはがしながら、 はどう説明したものかと内心でため息をついた。 あんまりこういうことは好きではないのだ。 「ある人との約束で。約束というか、もう人は殺さないっていう誓約。 破るとかなり怖いことが起こるから、覆すことは絶対に無理」 双識はとても残念そうな顔をした。 人識はにやにやとした表情でと双識を交互に見ている。 「それに、人を殺せる昔の私でも、きっと零崎にはなれなかったと思う。 一度他の零崎さんに会ったことはあるけれど、逆にちょっと引かれてたから」 「他の零崎?」 「そうだお姉さん、ヒントくれるって約束」 忘れるところだったぜ、と人識は双識をのける形での前に立った。 は小さく肩をすくめるとちょっと待っててと私室へ一度引っ込む。 そうして戻ってきたときには、一本のナイフを持っていた。 刀身は刃物にしては薄く、変わった形の音符マークが刻まれている。 「お姉さんもナイフ遣い?」 「そう。手入れはしてるから実際に人も切れるし、私にはもう必要ないから。あげる」 人を切るために作られた子だから相性は合うはずとは付け加えた。 「ふーん‥‥。じゃ、今度さっそく使ってみっかな」 の手からナイフを受け取った人識は右手をひゅ、と軽く振った。 音からしても、切れ味はかなり良さそうだ。 「ふむ、じゃあ人識くんがやる気になってくれたところで失礼するとしようか」 本当はもう少し長くいたいんだけどね、と双識はに笑顔を向ける。 はあえてそれを完全に無視して、カレーごちそうさま、とだけ答えた。 裏路地へ消えていく二人の後ろ姿を見送って、はマンションの中へと戻っていく。 エレベーターに乗ってボタンを押そうとして、 ふと気付いたように右手を開いてじっと見つめた。 この手はかつて赤を散らした手。 今はもう染まることはない。 今回のことは日常の中に潜む闇にたまたま触れてしまっただけ、 ほんの一瞬の幻のようなものだ。 自分はもう闇には戻れない。 ―――戻るつもりも、ない。 「‥‥零崎に会ったって知られたら、怒られちゃうかな‥‥」 それだけは勘弁、と呟いて、はかすかに笑った。 19 邂逅の閉幕 end.
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