16 嫌な予感と良い匂い






人識は、うんざりとした表情でソファに座っていた。

ちらりと視線を向ければ、ぐるぐると何かをかき混ぜているご機嫌な様子の兄の姿。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

何かを思い出してしまったらしい人識は顔を歪めてテーブルに突っ伏した。













「‥‥‥‥?」

大学から帰ってきたはマンションのエレベータの中で首を傾けた。

友里子に付き合って買い物をして帰ってきたので、

の両腕には紙袋が四つさがっている。

の部屋のある階につき、扉が開く。

フロアに出て、は一度足を止めた。

「変な感じ‥‥。誰か来てるのかな」

この階の気配をさぐる。

昔よりはなまったとはいえ、この程度の範囲ならまだまだ余裕だ。

感じた“変な”気配は、の部屋にあった。

なんとなく予想していたことだったが、

それでも予想外すぎる“変な”感覚には少し顔をしかめた。

「何か‥‥。嫌な予感、するんだけど‥‥」

予感というか、思わず逃げ出したくなるような衝動。

さてどうしよう、と考えたところで、は自分の思考に気付いて少し苦笑した。

嫌な予感だとか逃げ出したいだとか、昔の自分なら全く考えなかったというのに。

「私もずいぶんと、一般人らしくなったな‥‥」

イルカのストラップのついた鍵を取り出すと、は家のドアを開けた。










「あ、おかえりおねーさん。ちょっと変なのもいるけど、良い?」

玄関にきちんとそろえて置いてある二足の靴を見てが沈黙していると、

奥から人識が出てきた。

「別にいいけど。‥‥‥‥このにおいは?」

家の中にはカレーのにおいが充満していた。

空腹にしみる、いい香りだ。

「カレー。兄貴がどうしてもって言ってきかねぇんだ」

「例のまずいカレーのお兄さん?」

「そう」

はまた少し沈黙した。

「‥‥まぁ、いいや。ちょっと食べてみたいような気もするし」

そう言うと思った――――。

かはは、と人識は笑った。





16 嫌な予感と良い匂い end.


イルカのストラップは、単に私の趣味。イルカ大好き。