13 静寂に揺れる音






静寂が、好きだ。

耳に痛いくらいの無音。

この世界の中で、自分だけが取り残されたような錯覚。

だけど音の中も好きで、にぎやかな街角で一人、

通り行く人々や車の音に耳を傾けているのは、とても楽しい。

そして私は、静かな音というのも、また同じように好きだ。

防音室の中で奏でるピアノ。

巨大ホールで聞く演奏は、静寂の中で唯一許された音たちが静かに心をふるわせる。

本当はこの他に一番好きな音もあるけれど、それは内緒だ。

その時その時で聞きたい音は変わる。

今日は静かな音が聞きたい気分だった。

私の家には防音室がある。

しかもグランドピアノのオマケ付き。

一応音大生であるし、ピアノは楽器の中で一番好きだからそれなりに弾ける。

二日ぶりに、鍵盤に触れた。









まずは人差し指。



      ミ――――――――――――――――



中指。



      ファ―――――――――――――――



薬指。



      ソ――――――――――――



親指、人差し指。



      レ―――ミ―――――――――――――――



アヴェ・マリアの四小節。

いつもは別の曲を弾くのだけど、なんとなく指が動いた。



      ラ――――――――――――



次はオクターブ下。



      ラシドレ――――――ミレ――――――――



弾きながら、思考する。



      ソ――――――――――――



今朝から妙にざわついて落ち着かない。



      ソラシド――――――レド――――――――



何かが近づいてくるような、懐かしいともとれる感覚。



      ド――――――――――――



胸の内から溢れてくるような衝動。



      ドレミファ――――――ミレ――――ラ――――シ――――――――



這い上がってくるものは、鍵をかけて厳重にしまいこんでいたかつての私。



      レミ――――――――ミファソラ――――――――‥‥‥‥‥‥





















  指が、止まった。























一度大きくため息をついて、静かにピアノの蓋を閉める。

今日はもう楽器に触る気にはなれなかった。

それどころか大学にも行きたくない。

今日はどうしても出なきゃならないものがひとつだけあるから

午後のは行かなくちゃならないけど、それ以外はサボろう。

携帯を取って、数コール。

会話線が繋がった瞬間、私はすぐさま切り出した。

「もしもし友里子? 今日午前は出ないから、教授には適当に言い訳しといて。

 午後のは行くから」

「え? ちょっと待って、」

「よろしくね」

まだ何か言っているらしい友里子の言葉を無視して強制的に電話を切る。

すぐさま電源を落として、ポケットへ。

鍵束を持つと、ちいさめのペットボトルを持って外へでた。







目指すはマンションから少し離れたところに建つ、とあるビル。







13 静寂に揺れる音 end.


アヴェ・マリアは楽譜出すのが面倒だったので弾いたことないくせに記憶を頼りに適当に書きました。
一応シューベルトのではなくて、グノーの方です。
もし間違ったところとかあったらこっそりと教えてやってください。