11 大物と大物






今日はそんなに授業数がない日。

だから帰りにちょっと寄り道して、夕方くらいに家に帰った。

玄関のドアを開ければ自分のじゃない靴が一足、そしてわずかに香る鉄のにおい。

眉を寄せて靴を凝視していたら、奥からぱたぱたと人識くんがでてきた。

その顔を見て、納得がいく。





ああ、そういうことね。

















「お姉さん早いね?」

「授業数が少なかったから。ねぇ、人識くん」

ちょいちょいと手招きをして、

素直に寄ってきた人識くんの肩をがっしり掴んで鼻を寄せる。

あ、やっぱり。

「お姉さん?」

「血のにおい。誰か切ってきたの?」

目を白黒させてる人識くんの額を軽く弾くと、

人識くんは一瞬驚いたような顔をして、それから唇をにやりとつり上げた。

「やっぱりわかっちゃう?」

「うん」

私がこっくり頷くと、人識くんはかははと笑った。

「すげぇな、お姉さん。俺あんまりにおい被んねぇようにしたのに」

「あいにくと血には敏感なの。何人やったの?」

「殺したの前提かよ。さァ、数えなかったからわかんないけど」

「ふぅん」

でもまぁ、この程度ならそんなに多くはないでしょう。

大方駅方面の裏路地にたむろってる馬鹿を刻んだってところかな。

「殺るのはかまわないけど、捕まらないようにしてね。庇うのは面倒くさいし」

「そこらへんは大丈夫。つかさ、殺すなとか言わないんだ」

「別に。なんとなくわかってたことだしね」

「それって勘?」

「直感の方が近いかな。あと経験」

人識くんはちょっと首を傾げて、それからもしかして、と続けた。

「お姉さん裏の人間?」

そう聞くか。

てっきり零崎を知ってるのか、とか言うと思ったんだけど。

「元。今はカタギだけどね」

「へーえ。殺人の経験は?」

お。

なんで足洗ったのじゃなくてこっちに来たか。

人識くんって、面白い。

ちなみに殺人の経験は、

「あるよ」

頷くと、人識くんは何も言わずにかははと笑った。

傑作だ、そう言って。

「零崎ではないけどね」

「あァやっぱり知ってんだ?」

「さっき人識くんの顔見て思い出した」

零崎一賊。

はじめ人識くんの名前を聞いたときはどっかで聞いたことあるなー程度で、

殺し名の存在はすっかり忘れていたけれど。

よく考えたら零崎なんてそうはいないしね。

“人識”という名前は聞いたことないけど、単に私が知らないだけだろう。

そこまで詳しいってわけじゃないしね。

「普通最初に名のったときに気付かない?」

「そういうのはあんまり気にしない質なの」

まぁ、おかげでいろんな人と知り合いになっちゃうわけだけれど。

「人識くんのことは知らなかったけど、零崎一賊の有名さんの名前くらいは知ってるよ。

 一人だけなら会ったこともあるし」

人識くんは目を丸くして、よく殺されなかったな、と言った。

いやいや殺されかけましたとも。

結果的には生きてるけどね。

「誰に会ったの?」

「さぁて誰でしょう。実は私も名前は知らないんだ。顔見れば、わかるけど」

「ふうん」

兄貴・・・なわけないよな、知ってたら絶対騒いでるだろうし、

と人識くんは一人で呟いた。

実は、私が名前を知らないってのは嘘だったりする。

本人から聞いてないだけで、ちゃんと誰なのかは知っているのだ。
           エモノ
あんなに特徴的な武器を持っていたら誰だってわかるしね。

でも今はまだ教えない。

だってここで教えてしまったら、人識くんを追っている“お兄さん”がその彼だとして、

もしここに来たときつまらないでしょ?

せっかく何かの縁で人識くんと会ったのだから、

ちょっとくらい遊んでも罰は当たらないし。

「どんな顔?」

「内緒。もし人識くんのお兄さんがその人じゃなかったらヒントあげるから、自分で探してね」

「ヒントって?」

「あるものを渡すから。それを見て反応した人が当たり」

「なんでそんなに秘密主義なの、お姉さん」

「ちょっといろいろとあったときに出会った人だから、あんまり詳しく知られたくないの。

 向こうもそれは同じだろうし」

私はまだ知られてもかまわない程度のことだけど、きっと彼は困るだろう。

「ふーん・・・。ま、いっか」





きっとこれが彼だったら食いついてきただろうところを

「ま、いっか」の一言で流してしまう人識くんは、なかなかに大物だと思った。






11 大物と大物 end.