06 "向こう"側と"こちら"側「あっれー? 、いつもより早いね。珍しい」 ピアノ科で親友の友里子と会った。 ここは私が通う音大の正門付近。 「朝ご飯作る必要なかったから」 「・・・まさかあんた、朝食抜いたんじゃないでしょうね」 「ちゃんと食べたけど。今居候くんがいるから」 「は?」 友里子は信じられない、といった顔をした。 ついでずずぃっと詰め寄られる。 「なになにそれ、あたし初耳なんだけど?どういうことか説明してもらえるかな、ちゃーん?」 笑顔がちょっとこわい。 でも慣れてるから平気。 いつものことだしね。 「昨日拾ったの。何時に起きるのか聞かれて教えたんだけど、今朝起きたらもうご飯できてた」 しかもかなりおいしかった。 あんた料理好きじゃないもんね、と苦笑して、友里子は私の肩をがっしと掴んだ。 あ、戦闘モードスイッチオン? 「これからいくつか質問するから答えること。いいわね?」 私は素直に頷いた。 こうなった友里子には逆らわない方が早く終わるし。 「男?女?年は?」 「16・17歳くらいの少年」 「なんで拾ったの?」 「昨日雨降ってたし。家出中だって言うから」 「・・・家族は?」 「お兄さんがいるみたい」 「学校は?」 「しらない」 「この辺の子?」 「違うみたい」 「かわいい?かっこいい?」 「背小さくてかわいい」 「正直に答えてね。好み?」 「弟に欲しい」 はぁ、と友里子は溜め息をついた。 「あたしときどきあんたがわからないわ」 そりゃそうでしょう。 私なんかを理解できる人は欠陥品だけだし。 わからないのに友人できるってすごいことなんだよ、友里子。 でもこれは言わない。 かわりに私はこう言う。 「いまさらでしょ、そんなの」 「まーね。わかりやすいなんてじゃないし」 友里子は笑った。 昔の私にとっての"こちら"側、友里子にとっては"向こう"側の人間がする笑いではなく、普通のごく一般的な笑い。 友里子は特に普通の中の普通な笑いをする。 だから私は友里子の友人をしているのだと思う。 かつて暗がりの中にいた私には、どう足掻いたってできないことだから。 06 "向こう"側と"こちら"側 end.
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