『どーしよぉヴィン! 今日も会えなかったあぁあ!』

数少ない同年代のダチからそんな電話がかかってきたのは、俺が日課にしている素振り千本をちょうど終えたときのことだった。

『オレ嫌われたかなぁ!? やっぱりほっぺにキスってまずかった!?』

ダチの名前はアルフレッド。
きらきらと太陽に輝く見事な金髪と、アルフレッドの父親が好きな国で言うところのきれいな藤色の瞳が印象的な少年だ。
裏社会の片隅で生まれた俺とは違って由緒ある有名ファミリーの跡取り息子で、そのくせ妙にへなちょこなところがある。
同じマフィア学校に通う同級生で、大親友だ。
受話器の向こうから聞こえてくる声は本気で泣きが入っていて、俺が水分補給のためにあいづちを入れられない間にも止まることなく嘆き続けている。
正直、はらわたがよじれるくらい、おもしろい。

『…って聞いてるかヴィン?』
「聞いてる聞いてる。つかさお前、そんなに会いてぇんだったら自分から探せばいいじゃねぇか。名前とかわかってんだろ?」
『でも、カナタはカタギの女の子だし』
「カタギだからって理由で調べねぇんだったら、会うのだってダメだろ」
『それは、そうだけど…』

しゅんとした声になって、なおももごもごと何か言っている。
こいつのこういう完全に裏と表を切ることができない甘さは、好ましいと俺は考えている。
甘い人間はマフィアの世界じゃ生きていけないが、これくらいの甘さもどこかで持っていないと人はどんどん狂っていく。
目的のためなら手段を選ばない暗殺部隊の作戦隊長なんてものをつとめている親父だって路地裏に転がっていた俺を拾うくらいの人間味は持っているし、人間的な感情を持たない非情な男と言われているボスだってなんだかんだいって愛娘を溺愛している。(指摘すると後が怖いから誰も言わないけどな。)
他の幹部のひとたちもそれぞれに冷徹な暗殺者の一面と世話好きな一面の両方を持ち合わせているし、人間ってのはそうやってバランスをとっている生き物なのだ。

「そんなに会いたいんなら願掛けでもしてみりゃいいんじゃね?」
『願掛け?』
「そ、願掛け。願いが叶うまで何かを絶つとか、髪のばすとか。あと、ミサンガっつー腕輪みたいなのとかもあるし。切れたら願いが叶うってやつ」
『ミサンガ…』

ふいに受話器の向こう側が静かになった。
俺は繋がったままの携帯を肩と耳ではさんで、そのまま竹刀の手入れに取りかかる。
だいたいのチェックが済んだ頃、アルフはようやく考えがまとまったらしい。
じゃあ、と自信がなさそうな声がした。

『じゃあ、ネックストラップつくるとか』
「なんでネックストラップ?」
『カメラとかに付けるの、欲しいなって言ってたから。上手く作れたら、会えるかな、て…』

言葉尻がだんだんとしぼんでいく。
俺は大爆笑寸前の身体をなんとかおさえつけて、いーんじゃねぇのと返してやった。

「女の子ってそういうの好きだしな」
『うん。だから、ヴィン。作り方教えて!』
「あーハイハイわかったわかった」

目の前にいたら土下座でもしてそうな声に苦笑して、俺はさりげない動作で立ち上がった。
竹刀をいつもの位置にしまいこんでから、自然な動作でこの部屋の一番大きな窓へと向かう。

「んじゃアルフ、まずは買い出しからな。お前今日ヒマか?」
『え、うん、時間はあるけど』
「じゃあ、今から行くから。またな」
『え? ちょ、ヴィ…』

通話を強制終了させて、俺は鍵を開けると素早く窓枠へと飛び上がった。
トレーニングルームに近づいてくる気配は間違いなくアレのものだ。

「三十六計逃げるに如かずってな」

にっと笑って、三階の高さからひらりと外へ飛び降りる。
地面に着地した瞬間に響いた声に軽く手を振って、俺はそのまま屋敷を抜け出した。





「ヴィーノ! お父様にいただいたの、このドレスどうかしら…っていない! また逃げたわねっヴィン!」

ヴィーノが窓から飛び降りた直後、扉を蹴飛ばす勢いでトレーニングルームに飛び込んできた少女がいた。
少女は目的の人物がいないことに気づくと、見事に結い上げられた長い銀髪を振り乱して、叫ぶ。

「もうっ! いっつもいっつもこうなんだから。たまにはちゃんと相手してくれたっていいじゃないのよーっ!」
「まーた逃げられたのかぁ?」

と、そこへ呆れたような声がかかった。
長い銀髪をひとつにくくり、竹刀を持った長身の男――スペルビ・スクアーロが、苦笑を滲ませた顔で立っている。

「パパン! そうなの、また逃げちゃったのよ! せっかくこの時間からパパンと手合わせするって情報をつかんだから、会えると思って来たのに」
「たった今電話でな、ダチの恋を応援してくるからしばらく帰らないとかなんとかで出掛けていったぜぇ。残念だったなぁ、イザベラ」
「え〜。そんなぁ」

ぶぅ、とイザベラは頬を膨らませた。
その小さな頭をなでてやりながら、スクアーロは二十四時間常にこの少女に追い回されている自分の息子のことを思いやった。
この少女からの熱烈な求愛をことごとくかわし続ける日常を送っているヴィーノの突然の外泊は別に珍しいことではない。
今回は行き先を告げてから行っただけまだお行儀が良い方で、急に姿が見えなくなったと思ったら一週間ほど行方知れずかつ音信不通ののちある日ふらりと帰ってくるのがいつものパターンなのだから、まぁ、親として怒るほどのものでもないだろう。
そんなわけで毎度毎度好きな人に逃げられ続けているこの少女の不満は高まるばかりだ。
なだめるのがなかなかに大変だったりもするのだが、そんなときは甘いお菓子とお茶で流してしまうのが一番だと、この城に住む人間ならば誰でも知っている。

「ルッスが呼んでたぜぇ。珍しい菓子が手に入ったと。ベルに食われる前に行ってこい」
「はーい」

たたたっと軽い足音をたててイザベラがかけていく。
その小柄な後ろ姿を見送ってから、スクアーロはふと開けっ放しになっている大窓に気づいた。
下を覗き込めば、着地したときのものと思われる足跡がうっすらと見える。
次はいつ帰ってくるんだかとため息をひとつ吐き出して、スクアーロは鍵を閉めた。

そのいち、逃走

あの人達の子ども達登場。ヴィンは書いてて楽しいです。

2009.11.23