ほぼ日課となっている散歩の途中、たくさんの小道が集まって迷路のようになっているエリアを探検していたは、偶然知り合いの少年と遭遇した。
赤い光沢のある短めの黒髪に、一見黒に見えるほどに深い紅の瞳を持つ少し年上の少年とは、数年前にとある国で出会っていた。
健康的に焼けた肌は、前に出会ったときよりも少し色が薄くなっただろうか?
しゃがみこんで野良猫をかまいたおしていた彼は、久しぶりといって快活に笑った。
まず彼は、ヴィーノという今の彼の名前を教えてくれた。
前の名前は今の父親に拾われたときに捨て、この名前をもらったのだと。
そして驚くべき事に、ヴィーノはアルフレッドの友人で、さらにボンゴレ二大剣豪の一人の息子だと言った。
それはつまり、先日手合わせをしてもらったヴァリアーの剣士、スクアーロの息子ということだ。
どうやら親友らしいアルフレッドからカナタという少女について色々と聞いているうちに自分の知っているカナタとが同一人物であることに気付いて会いに来てくれたらしいのだが、なんという偶然だろうか。
一ヵ所に留まらずに世界中を旅しているヴィーノと父親と共に各地を転々としていたでは、遭遇する確率などほとんどゼロに近いというのに。
再会を喜んだ二人は、とりあえず行きつけの喫茶店に行こうということになった。
並んでのんびりと歩きながら、話はアルフレッドのことで弾んだ。
ヴィーノはの首にかけられたネックストラップを見つけて、にやりと笑う。
「それな、そのストラップ。あいつにそれの作り方教えてやったの、俺なんだよ。あいつへったくそでなぁ、失敗作を大量生産して、それでも数週間くらい頑張って作ってたんだよ」
だから大切にしてやってな、と優しい声でヴィーノは言った。
その深い紅の瞳は、まるで兄が妹や弟に向けるような慈しみに満ちていた。
「アルフがあなたのことをなんでもできる凄い友達だって言ってたけど。でも自分よりも学校さぼってるから、ちょっと心配だって」
「あー…」
「学校嫌いなの?」
がそう尋ねると、いや別に学校自体は嫌いじゃないとヴィーノは首を横に振った。
「ほら、俺根無し草だったろ? つーかまあ、好きでフラフラしてたわけだから、学校なんざ一生行かねぇと思ってたんだよ。だからちょっと嬉しかったりもするんだけどな、毎日同じ時間に起きて同じ時間に登校してみんなで同じ事やって同じ時間に帰って、その決まったことの繰り返しを卒業まで何年も続けなきゃいけないのが嫌っつーか、ぶっちゃけ苦痛」
山本と同じくらいの長さの黒髪をかき回すと、ヴィーノは上を向いた。
細い路地の隙間から見える細長い青空と、自由に飛び回る鳥たちの姿が見える。
眩しそうに目を細めたヴィーノは、カシャッというシャッター音に驚いてさくらを見た。
見れば、してやったりといった顔のがにっこりと笑う。
「あとでスクアーロさんにプレゼントしようかなって」
空を見上げるヴィーノの横顔を見たとき、なんとなく今の彼の表情を父親であるスクアーロは知らないのではと思った。
だから、ついシャッターを切ってしまった。
ヴィーノは、空や海を見つめているとき、人の手の及ばない自由なものと共にいるときが一番いい顔をする。
数年前に出会ったときにも一週間という短い期間にもかかわらず彼の何にも縛られたくはないという強い想いはすぐに感じ取れたくらいだ。
かくいうも父親と同じでどちらかというと自由気ままに動いていたい性分なので、その気持ちはよくわかった。
「俺の写真なんか貰ったって親父は喜ばねぇと思うぞ」
「そうかな。ね、今日一日被写体になってもらってもいい? 今まで人を撮ったことはあまりなくて」
駄目?とが首を傾ける。
その姿が遠い彼方に押し込まれたはずの記憶と一瞬重なって、ヴィーノは思わず苦笑した。
全く、大人しそうな外見のくせ妙に活発であったり自由奔放なところといい、何もかもがそっくりである。
は妹とは別の人間であるということはわかっているつもりだが、それでもやはり、ときどきはっとするほどによく似ていた。
「まあ、いいんじゃねーの。そのかわり、かっこよく撮れよ」
「頑張る」
は笑顔で頷いた。
ちょうどそこで最近行きつけの喫茶店に到着する。
「アジア系のお茶とかも扱っていてね、きっと気に入ると思うんだ」
「へえ、そりゃ楽しみだ」
ステンドグラスのはめ込まれた少し珍しいデザインの扉を開けて、こんにちはと挨拶をする。
出迎えてくれた店主はが友達を連れてきたことに少し驚きつつも、笑顔で迎えてくれた。
「そういえば、ヴィンはどうしてスクアーロさんの養子になったの?」
数種類の花びらを黒砂糖のシロップとショウガと白ワインでつけ込んだ少し大人っぽい風味の花茶を楽しみながら、はそう聞いてみた。
権力とそれに伴うしがらみを嫌うヴィーノである。
自ら進んで権力ある男の息子になるとは、到底思えなかった。
薄い生地とクリームを何十にも重ねたクレープを頬張っていたヴィーノは、あーと一瞬遠い目をした。
実はヴィーノはかなりの甘党だ。
他にも果物の蜂蜜付けやクッキーなどを下品にならないスピードで次々にたいらげながら、ややぶっきらぼうに拾われたんだと言った。
「親父が関わってたとある地域の抗争に、ちょうど乗ってた船が巻き込まれてな。一般人でも容赦なく殺すような連中ばっかだったから、こんなとこで死んでたまるかーって何人かぶっ殺しつつ逃げてたら、親父に目をつけられて」
お前、なかなかやるじゃねぇかぁ、と。
とんでもない大声と共に突然斬りかかられて、偶然そのへんで拾った剣を持っていたヴィーノは反射的に受け止めた。
ところがそれがいけなかったらしく、ボンゴレ二大剣豪の一人に気に入られてしまった哀れな少年は、そのままヴァリアーの城にお持ち帰りされてしまったのだ。
「ひっでーんだぜ。仮にも息子にしようと思ったガキを容赦なく気絶させて無理矢理持ち帰りやがったんだ。俺が目覚めたときにはもうヴァリアーの隊員全員に親父の息子って認知されてて逃げるに逃げらんねぇし、おまけに何故かイザベラっつーザンザスさんの養女には勝手に婚約者宣言されるし。誰がボンゴレ九代目の孫娘の婿になるかっつーの」
イザベラという少女はとてつもなく元気が良いというか、積極的というか、女王様気質というか、そんな感じなので、何かにつけ未来の旦那様にくっつきたがる彼女から日々逃げ回っているヴィーノである。
スクアーロを含むヴァリアーの全員がイザベラを応援するか、けらけら笑いながら傍観に徹しているのでヴァリアーの城の中に逃げ場はほとんどなく、基本的にヴィーノの日常の半分以上は少女との鬼ごっこに費やされている。
おかげで逃げ足だけは非常に速くなってしまったが、拾われる前よりも緊張を強いられる生活はなかなかに疲れるのでいい加減勘弁してもらいたいところだ。
「って悪ぃ、ちっと愚痴も混じった。けどまあ、だいたいこんな感じで今に至るってわけだ」
軽い口調で重い話を締めくくったヴィーノは、おかわりで追加した揚げ菓子を口に放り込んでいる。
はなんと言えばいいかしばらく迷って、大変だったねと無難な言葉を返した。
「ま、衣食住の心配はしなくていいし、場所に困る本とかバイクとかいろいろ持てたし、悪いことだけでもねぇからいいんだけどな」
人間やる気になればどこでも生きていけるもんだし、と言って、カップを傾ける。
ショウガのよく聞いた花茶の香りが広がった。うん、うまい。
「あーそうだ、もしイザベラに会っちまっても俺のことはあんまり言わないでくれな。思い込みが激しすぎねぇのだけは唯一の救いだけど、俺の避難場所とかがアレに知られたら面倒だから」
「うん、わかった」
しっかりとは頷いた。
そのイザベラという子にはまだ会ったことはないが、さくらが雲雀恭弥の娘である限り会わない可能性は遥かに低いだろう。
友人の平和を壊すつもりはないので、気をつけなければ。
「ちゃん、ヴィーノくん、アイスは好きかしら」
と、そこで店のオーナーがたった今出来上がったらしいアイスクリームを綺麗に盛りつけて運んできた。
バニラとチョコレートと、おそらくはフルーツ系のシャーベットが数種類。
食べ盛りの子ども二人は目を輝かせてスプーンを取り、それぞれ好きな味のアイスクリームに取りかかる。
夕日が燃えるように落ちていくまで、次々に運ばれてくるスイーツとともに二人は存分に語り合った。
再会は必然に
浮き雲二人。ヴィーノは書きやすすぎて長くなってしまうので、削るのが大変でした。 それにしても、いろいろと酷すぎてかなり哀れです。まあ、うちのサイトの男主はほとんどそんなのばっかだけど(笑)
2009.09.05
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