ヴィーノは、いつでも身軽に移動ができるように、常に万全の準備を整えている。
持ち物は最小限に止めて身体から離さないし、物にはあまり愛着を持たないようにしていた。
今現在愛用している大型のバイクだけは簡単に使い捨て扱いをするわけにはいかなかったが、名前をつけたり、まるで友人のように話しかけたりといったことは意図的にしないようにしている。
ヴィーノはいつでも身軽でいたかったし、何にも縛られたくない性分だった。
それは彼の今までの生き方にも如実に表れていた。
肉親と死別した後、ヴィーノは文字通り天涯孤独の身となった。
だがそれを嘆くどころか、ヴィーノはむしろ喜んだ。

これでやっと解放された。俺は自由なんだ!

それからの数年間、ヴィーノは世界中を旅し、彼は文字通り風となって生きてきた。
持ち物は身体ひとつで十分。
それ以外の荷物など、何一ついらなかった。





その少女に出会ったのは二、三年前のことだった。
東南アジアのとある国でひょんなことをきっかけに親しくなったその少女は、カナタと名乗った。
日本人の、ヴィーノより少し年下の女の子だった。
そのときヴィーノはヴィーノという名前ではなく、自分で付けた別の名前を名乗っていた。
カナタとは似たもの同士なのかすぐに意気投合し、彼女が父親と共にその街を去っていくまでの一週間、二人でいろいろな冒険をした。
常に他人との関係は一期一会で通してきたヴィーノだったが、珍しく少女とは長いつきあいになるかもしれないとぼんやりと思った。
ヴィーノは彼女を気に入っていた。
なぜ気に入っているのか、その感情の出所に気付いたときには自分にも執着心はあったのかと半ば自嘲気味に自分を嗤ったヴィーノだが、悪い気分ではなかった。
彼女は他人のそら似にしてはあまりにもヴィーノの死んだ妹に似すぎていたので。
だから――、だから、そう、はじめて親友のアルフレッドが最近知り合ったというその少女の名前を口にしたとき、彼はとても驚いた。
カナタ、なんて名前の日本人はあまりいない。
もしかしたら同一人物かとも思ったが、どうやらアルフレッドの方のカナタはカタギの人間であるらしいのでそれはないかと結論づけてあまり気にしてはいなかった。
どのみちアルフレッドはその少女に惚れているようなので、あまり首をつっこみすぎるのは良くないと思ったのだ。
ところが、だ。
アルフレッドが砂浜で会っていたカナタという少女の正体を知った瞬間、ヴィーノは思わず笑い出したくなった。
ボンゴレの雲の守護者の娘?
もはや爆笑するしかない。
雲雀恭弥には何度か会ったことがあるが、なるほど言われてみれば確かにヴィーノが出会ったカナタという少女と彼の瞳はそっくりだった。
通りで雲雀の顔を見る度に強烈なデジャヴを感じたはずだ。
アルフレッドからの電話をもらったときはもう真夜中で、とても訪問の時間帯としては不適切だとわかってはいたのだが、その時彼は地獄の鬼ごっこにいい加減ストレスの限界であったし、いてもたってもいられなくなってヴィーノはすぐさま城を抜け出した。
昼間なら普段からしょっちゅう抜け出している彼だが、今回の脱走はいつもよりも気分爽快だった。
珍しく鼻歌なんかを歌いながらバイクを飛ばし、宣言通り明け方なんていう非常識な時間帯に着いたヴィーノを暖かく迎えてくれたディーノや部下の人たちには心の底から謝って、それでもヴィーノの心は浮かれっぱなしだった。
今なら自分を追いかけてくるあのとんでもない美少女の頬に笑ってキスできるのではないかと思うくらい、高揚していた。
だからそう、眠たい目をこすりながら出迎えてくれた親友の部屋にすぐさま飛び込んで、詳しく話を聞き出した。
そして確信した、アルフレッドの出会ったカナタはヴィーノが出会ったあの日本人の少女であると。
話し終えてすぐ、アルフレッドは限界だったのかそのままこてんと眠ってしまったが、ヴィーノはとても眠れそうになかった。
なんという奇跡!
世界は思ったよりも狭いのかもしれない。



――そして翌日、キャバッローネ十代目の息子として外せない用事があるために親友が申し訳なさそうな顔をして出かけていくのを気にすんなと笑って送り出してやった後、構ってくれようとする部下の人たちには久しぶりにバイクで走り回ってきたいからと丁寧に断って、ヴィーノはアルフレッドとが出会ったという浜辺に来ていた。
人影は全くなく、よく晴れた空と、太陽の光を反射してきらめく蒼い海がどこまでも広がっている。
は徒歩でこの砂浜に来ているようだから近くに住んでいるのだろうと考えて、町の中を回ってみることにした。
バイクは適当に見つけたパーキングに突っ込んで、徒歩で入り組んだ路地を軽い足取りで進んでいく。
別の国で彼女に出会ったときも路地裏だった。
だからなんとなく、表の道を歩くよりは確率が高いように思えた。

果たして、それは当たっていた。
たまたま見つけた野良猫たち、そのうちの一匹がすり寄ってきたのでかまい倒していると、後ろから静かな足音が聞こえた。
続いて、ヴィーノがかつて名乗っていた名前がためらいがちに投げかけられる。
ヴィーノは振り返った。
甘えるようにのどを鳴らした黒猫が、少女の足にもまとわりついている。
猫を撮っていたのだろうか、カメラを両手に持ったまま驚きに目を見開いているカナタ――雲雀に向かって、ヴィーノは久しぶりと快活に笑いかけた。

まるで野良猫のように

あれ? ヴィーノが思ったよりひねくれ者になってしまった。たぶん、このシリーズに出てくる子ども達の中では彼が一番暗い過去を持ってると思います。
それにしてもえらく読みにくくてすみません…。

2009.09.05