とある夜、ヴィーノは親友であるアルフレッドから電話をうけた。
今日発覚した驚きの事実を興奮冷めやらぬまま早口で説明するアルフレッドの話を聞いてやりながら、にやにやと唇を緩める。
なにしろあのネックストラップの作り方を教えてやったのはヴィーノなのだ。
うじうじとやっぱり渡すのやめようかななどと悩むアルフレッドの背を押してやったりしたのも自分だし、まったく手の焼ける親友である。
「本名も素性もはっきりとわかったし、これで心おきなくアタックできるじゃねーか。良かったな」
『あああアタックって…!』
「お前、手作りのプレゼント贈ったってことはそーいうことだろうが。ま、頑張れ」
『いやだって、う、いや確かにそうだけど、でも、』
電話口の向こうでおそらく顔を真っ赤にしているであろう親友が目の前に浮かんでくるようで、ヴィーノは心の中で爆笑した。
いやまったく、これだからこの親友は見てて飽きないのだ。
純情すぎていっそかわいらしい。
実はいま、ヴィーノは悲しいことに日課となってしまっている少女との鬼ごっこの真っ最中だった。
詳しく話を聞いてやりたいのは山々なのだが、何しろ場所が悪い。
いま彼がいる場所は広大な城の屋根の上で、近くに外灯などがほとんどないエリアなので瞬く星々が綺麗に見える絶景スポットだが、ここもいつ見つかるかわからないという状況の中では星を眺めるのも親友の話を聞いてやるのもあまり落ち着いてできるものではない。
「わりぃアルフ、いまちょっと逃亡中でな。たぶん夜明けになっちまうけど、そっち行ってやるからちょっと待ってろ」
『え、ヴィン?』
「じゃーな、ディーノさんによろしく」
ブツッと電話を切って、ヴィーノは携帯をすばやい動作でしまった。
それからあたりを伺って自分を追っている人物の気配がないことを確認すると、足音を立てないように屋根伝いに移動する。
はた迷惑な少女に顔を合わせるたびに追いかけられるという日常を送っている彼は、いつどんなときでもすぐに移動できるように常に準備を怠らない。
もともと根無し草でぶらぶらしていた生活の方が長いせいもあって文字通りほとんど身一つでの移動に慣れている彼は、だから自分の部屋に戻らないでこのまま城を抜け出して親友のもとへ出かけるなんてことも簡単なことだった。
目的の建物の屋根の上に降り立ったヴィーノは注意深く様子を伺ってからするりと中へ滑り込んだ。
まさかイザベラもヴィーノがこんな夜中にでかけるとは思わないだろうが、それでも念には念を入れて慎重に行動する。
相棒の大型バイクのもとへようやくたどり着くと手早くバイクを走れる状態にするとヘルメットをかぶり、いつでも出発できるようにバイクにまたがってから携帯電話を取り出した。
ツーコール目に入らないうちに通話は繋がり、ヴィーノの父親の、おそらく酒でも飲んで上機嫌な声が聞こえてくる。
「あー親父、俺ちょっと出かけてくるわ。しばらくアルフんとこ泊まってくる」
『あ゛あ゛!? てめえ、こんな時間に行くってのかぁ?』
「とーぜん。いい加減俺は柔らかなベッドで安眠したいの。でもアレがいる限りぜってぇ無理だし。アルフがなんか話したいことあるっていうから行ってくるな。ってわけで門開けて。まあ開いてなかったらぶっ壊して行くから、後片付けよろしく」
『ちょっと待…』
最後まで聞かずに強制的に通話を切り、電源を落として携帯をしまう。
それからすぐにアクセルを踏んでヴィーノは出発した。
見張り番の者達が不審なバイクに一瞬戦闘態勢に入るが、乗っているのがヴィーノだとわかると今度はぎょっとした顔になった。
作戦隊長の息子がバイクでこの城を抜け出すことはもはや日常茶飯事とはいえ、こんな時間帯に出るのは初めてのことである。
それでもヴィーノが通信を通して父親の許可はとってあることを伝えると、ヴィーノができるだけ目立たないようにしてこっそり抜け出す理由を知っている見張り達は若干の同情を込めつつそのまま彼を見送った。
あっさりと大門まで到達したヴィーノは、あと十秒経っても開かなかったらぶっ壊そうと決めてカウントを始める。
堅固に城を守る大門は一拍の間を開けてバイクがやっと通れるだけの隙間が開き、門を壊す手間がはぶけたヴィーノはさすが親父と口笛を吹きながら上機嫌で門をくぐり抜けた。
「あー親父、なんかヴィンが今からうちに来るって」
ひょっこりと執務室を訪れた息子からそう報告を受けたディーノは、思わず走らせていたペンを止めた。
アルフレッドの親友であるヴィーノがキャバッローネの屋敷に泊まることなど日常茶飯事のことだが、こんな夜中に突然来るというのは初めてのことだった。何かあったのだろうか。
「逃亡中とか言ってたから、たぶんまたイザベラちゃんに追いかけ回されてたんだと思うけど」
「あー…」
それだけでいろいろと察することができるのは、ディーノもヴィーノと彼を追いかけ回している少女、イザベラのことをよく知っているからだ。確かにあの環境では、夜中に突然逃げ出したくもなるだろう。
少年を快く迎えてやるように指示を出しながら、ディーノは少年の苦労を思って苦笑した。
真夜中の逃亡
ディーノがヴィーノをかわいがっているのは、自分の息子の親友だからというのと、なんとなく名前の響きが自分と似ているのでついかまいたくなってしまうからです。
2009.09.04
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