窓の外の景色がどんどん変わっていく。
フロントガラスから後ろへと流れていく風景を眺めていると、視界のすみにキラリと反射するものがあった。
なんだろうと焦点を合わせればそれは山本さんの指輪で、普通の指輪と比べるとずいぶんと幅があるそのリングはハンドルを握る男らしいごつごつとした手にずいぶんと馴染んでいる。
ちなみに、山本さんの手よりも細く、薄く筋が浮き上がっているお父さんの指にもデザイン違いの同じ指輪がはめられているけれど、決して婚約指輪とかペアルックだとかそういう類のものではない。
ボンゴレのボスが代々守護者と呼ばれる六人の部下に託すという、由緒ある重要な指輪なのだ。
この指輪を巡って多くの血が流れたというのだから、雲の守護者を父に持ち、雨の守護者を父の伴侶として持つわたしはボンゴレに敵対する者たちにとっては相当においしい餌となるに違いない。

六人の守護者はそれぞれに呼び名が違うらしい。
晴、嵐、雷、霧、山本さんの雨、そしてお父さんの雲。
彼らを統括しているドン・ボンゴレは大空で、初めて聞いたときは天気予報みたいと思ったけれど、山本さんもオレも初めはそう思ったと言って笑っていた。
どうやらお父さんたちは中学生のときにこの指輪を継承したらしいけれど、現在のドン・ボンゴレは山本さんと同い年、つまりはお父さんのひとつ年下だと言っていたから、わずか十代半ばでそんないわくつきの指輪を継承することになった守護者たちとそのボスが果たしてどんな人物なのかわたしはとても興味があった。
それと、指輪を賭けて争ったというひとたちにも。
お父さんや山本さんの話を聞く限りは一筋縄ではいかない個性的なひとたちばかりらしいから、さぞかし愉快なひとたちなのだろう。
ただ、霧の守護者とお父さんは少しばかり確執のようなものがあるらしいから、それだけは気をつけようと思った。
これはお父さんがいないときに山本さんがこっそりと教えてくれたことだ。
あのお父さんがまわりに波風をたてずにいられるとは最初から思っていないので感想としてはやっぱりというのが大きかったけれど、いったいどんなひとなんだろう。

「そろそろ着くぜ」

ずっと安全運転を続けていた山本さんがそう言った。
車が走り出してから、もう数時間たっている。
景色はイタリアの町並みから緑の多い山道に変わっていて、カメラを持ってくれば良かったかなと思った。
マフィアの屋敷でカメラというのは結構まずいものがあるので置いてきたけれど、この森林はさぞかし撮りがいがあるだろう。

軽く目をつむっていたお父さんはいつの間にか起きていて、窓を細く開けて新鮮な空気を取り込んでいる。
ぼんやりとしたお父さんの視線の先をたどったわたしはそこに巨大な屋敷の一部を見つけた。
今日はボンゴレの本部ではなくボンゴレ十代目がよく休暇として使う屋敷へ行くんだとお父さんは言っていたけれど、休暇で使う屋敷にしては大きすぎるような気がしなくもない。支部として機能することもあるという話は本当のようだ。
道を進むごとに全体が見えてくるその屋敷は新しくはないものの古すぎるというわけでもなく、ほどよい味を出していた。

屋敷と同じくらいの歴史を感じさせる門をくぐって、車はなおも進む。
とんでもなく広い庭を車でずっと進んで、ようやく入り口にたどり着いた。
お父さんたちについて車を降りたわたしはこんなに大きな屋敷の中に入るのは初めてなので、全体を見上げたり広大な庭を見回したり、思わずきょろきょろしてしまう。
お父さんも山本さんもそんなわたしを見て面白そうに笑っていて、門のところに立っていた迎えと思われる人物は穏やかに笑っているお父さんを見てすこしばかりぎょっとした顔になった。

先を歩くお父さんと山本さんのあとをついて広い廊下を進む。
獄寺さんというらしいアッシュグレーの髪を持つお迎えの人はしばらく珍獣を見るような目でわたしとお父さんを交互に見ていたけれど、今はお父さんのさらに前を歩いて何やら山本さんと話している。
何かに急いでいるようにせかせかと足を動かす、歩くスピードがずいぶんと速い人だった。
けれど見るもの全てが珍しくてきょろきょろと視線をあちこちに動かしながら歩くわたしにお父さんも山本さんもあわせてくれたから、自然と獄寺さんの足もゆっくりになる。
獄寺さんの指にもちらりと一瞬指輪が見えて、彼も守護者なのかな、と思った。

案内された先は屋敷の中でも飛び抜けて立派な扉の部屋だった。
ドアをノックした獄寺さんが、十代目、連れてきましたと一言いってから中へと入る。
お父さんに促されて山本さんの後に入ったわたしは、その瞬間に飛んできた銃弾を反射的に避けた。
袖から取り出したナイフで続く二発目三発目を弾き、反対の袖に仕込んであったアイスピックのような太い針を放つ。
針は相手の銃口に突き刺さり、そして銃撃は止んだ。中でジャムらせたのだ。

「いきなりそれはないんじゃないかな、赤ん坊」
「いい動きしてんじゃねーか。さすがお前の娘だな」
「それはどうも」

娘が銃撃されたというのに眉ひとつ動かすことなくぱたんと静かにドアを閉めたお父さんが少しばかり嘆息して銃を持った人物に声をかけた。
わたしは銃撃してきた人物をしっかりと確認して、思わずぽかんとしてしまう。
だって、先ほどの数発だけでも素晴らしい銃の腕前の持ち主であるということがよくわかったその人物は、なんと赤ん坊だったのだ。

、それしまいなよ。もう撃ってこないから」

お父さんがそう言ったのでわたしは大人しくナイフをしまった。
銃口から針を引き抜いた赤ん坊はいきなり撃って悪かったなと一言添えてわたしに針を放ってきたので、わたしもジャムらせてごめんなさいと謝っておく。
山本さんは何に驚いたのか赤ん坊を見つけたわたし以上に驚いた顔をして口を開けっ放しにしている獄寺さんの隣にすでに座っていて、わたしとお父さんはその向かいのソファに座った。
いわゆるお誕生日席という場所には先ほどの赤ん坊と柔らかい雰囲気を持った男性が座っていて、視線が合うとにっこりと微笑まれた。
なんていうか、優しげなんだけれどどこか逆らうことの許されないような笑顔だ。

「初めまして、ちゃん。ボンゴレ十代目の沢田綱吉です。いきなり撃ったこの赤ん坊はリボーン。驚かせちゃってごめんね」

沢田さんは、そう言ってすまなそうに微笑んだ。
このひとがドン・ボンゴレの十代目か。
とてもマフィアのボスには見えないような、少しばかり幼い顔立ちのひとだった。
どうやってお父さんみたいな人間を部下にしたのだろうと思っていたけれど、なるほど、このひとならばできるだろう。
きっと、ふわふわとした雰囲気と支配者のもつ絶対的な力をうまく笑顔に織り込んで飴と鞭のように使い分けているのだ。

「初めまして、雲雀です」

とりあえずそれくらいしか言うことがないのでぺこりと頭を下げる。
沢田さんは相変わらずにこにこと微笑んでいるけれど、途中からはボスとしての顔から自分の子どもを見るような親の視線になったのをわたしは確かに感じた。

「で、赤ん坊。はきみのお眼鏡にかなったのかな」

だされたコーヒーを優雅に飲みながら、お父さんがそう言った。
小さい手でカップを持った赤ん坊はああもちろんだぞ、と答えて、なにやら面白いものを見つけたというような感じに輝く目でわたしをじっと見つめてくる。
あんまりにも見つめられてわたしが困っていると、いい加減にしなよリボーン、と沢田さんが助け船をだしてくれた。
山本さんは相変わらずだなぁとか言ってのんきに笑っているし、獄寺さんはわたしとお父さんと山本さんを見比べてずっと黙っている。
お父さんはわたしの行動を眺めて楽しんでいるようだし、この場で唯一まともなのは沢田さんだけのような気がした。

マフィアって、とても変わった人が多いと思う。

初めまして

ジャムる=弾が中で詰まること
2008.02.26