「嫌われちゃったかな、オレ」
「女の扱いがなってねーなぼっちゃん。もうちょっと慎重にいくべきだったとオレは思うぜ」
「だよなぁ‥‥」

帰り道。
助手席の窓から流れていく景色を見ながら、ジュニアはさきほどまで一緒にいた少女のことを思い返していた。
いつだったか、少し前にあの海岸で出会った年下の少女は腹をすかせて目が回りそうになっていた自分にピザをおごってくれた。
口数はそんなに多くはないものの非常に聡明な子で、話しているととても楽しかったのを覚えている。

カナタと名のったその子は日本人の女の子で、父親と一緒に住んでいるようだ。
どういうわけかこの日本人形みたいにかわいらしい少女に惹かれてしまった彼はカナタに会うためにそれ以来ちょくちょくこの海岸へと来るようになったのだが、もしかしたらもう会えないかもしれない。
ちょっとばかしまずいと思うようなことをしてしまったのだ。

「ほっぺたにキスって、別に普通だよな?」
「イタリア人にとっては挨拶程度でも、日本人にとっちゃ普通じゃねーな」
「‥‥やっぱり?」

運転手をつとめてくれた父の第一の側近に大きく頷かれて、はぁと大きくため息をつく。
ジュニアは、どうやら自分はあの少女のことが好きらしいということを自覚していた。
理由やきっかけなんてものはわからない。
気付くと一日中彼女のことを考えている自分がいて、そしてついには頬にキスをしてしまった。
彼女は驚いてしばらく固まってしまったが、ジュニア自身も驚いていた。
だって、別にそんなつもりはなかったのだ。
なのに気付いたら勝手に身体が動いていた。

もう会えなかったらどうしよう。

頭の中をぐるぐると答えの見つからない問いが駆け回って、ジュニアはこつんと窓ガラスに頭をもたれかけた。


ある日の午後 side ジュニア


2008.02.24