仕事の報告から帰ってきた雲雀は、リビングのソファでくつろいでいる山本とその膝で眠る自分の娘の姿を見つけておや、と瞬いた。
艶やかな黒髪が山本の膝上に広がっている。
はくうくうと安らかな寝息をたてて、ずいぶんと穏やかな顔をしていた。

「おかえり、ヒバリ」

絹のような黒髪をやさしい手つきでなでながら、にかっと笑って山本が言う。
その向かいに腰をおろして、雲雀は面白そうに娘の顔をのぞきこんだ。
歳の割には大人びた子だが、今は完全に子どもの顔をしている。
山本と一緒に住むようになってから、雲雀は娘のことに関していくらか驚くようなことをたくさん発見するようになった。
人の気配には敏感なこの娘がこうして自分が帰ってきても目覚めないということは、よほど膝枕が気に入ったということだろうか。

「ただいま。ずいぶんとその子になつかれたね。膝枕なんて、僕はやったことないよ」
「そうなのか? 転がってすぐ眠っちまったぜ」
「ふうん」

どうやらこの男との同居生活は、自分とこの子にずいぶんと大きな影響を与えているらしい。
子どもらしく甘えるということを滅多にしなかった娘がこうして山本に甘えている光景は、見てて微笑ましいものがあった。

「なぁ、ヒバリ。なんでこの子のこと、オレやツナたちに言わなかったんだ?」
「言う必要がなかったから」
「そう言うと思った」

ハハ、と山本は笑った。
純粋に言葉の通りだった。自分に子どもがいることは、わざわざ報告しなくてもいいようなことだと雲雀は思っている。
聞かれたら答えるが、聞かれなければ特に言う必要はない。
山本は娘の存在を知ったとき、なんでもっと早く言わなかったと不満そうな顔をしていたが、別にどうでもいいことだった。
確かに十年以上も知られなかったのは記録的な長さだと思うが、それだけだ。

「なー、ツナたちにも会わせてみようぜ。もちろんがカタギでいたいんなら別だけどよ、面白えと思うんだ」
「別にいいけどね。きっとその子はカタギにはならないよ。マフィアにもだいぶ興味があるようだから」

さすが自分が育てただけはあるというべきか、それとも血のつながりが成せる技なのか、の裏社会の人間としての素質は十分すぎるほどにあった。
精神面でも技術面でも、かつての自分と並ぶものがあると雲雀は感じている。
カタギの道を選ぶか自分と同じマフィアの世界に生きるか本人はまだ決めてはいないようだが、そのつもりは全くなかったのに気付いたらマフィアの世界に巻き込まれていた十代半ばの自分のようにこの子もまた知らず知らずのうちにこちら側へくることになるのだろうという予感があった。
どのみち自分が父親である以上は逃れられない道だ。

じっと寝顔を見つめていると、ふと山本が何かを思いついたような顔をした。
どうかしたのと言うとそのまま動かないでなと言っての細い身体を起こさないように慎重に抱え上げ、そのまま雲雀の膝にのせる。

「――――」

膝上にかかる心地よい重さ。
しばらくぱちぱちと瞬いた後、雲雀はゆっくりと丸い小さな頭をなでた。
ん‥‥、と小さく声をもらしたが位置が悪いのか少し動いて、そしてまたすうすうと小さく寝息をたてる。新鮮な気分だった。

思わず笑みを漏らした雲雀を見て、つられるように山本の口元もゆるむ。
穏やかな午後は、そうして静かに過ぎていった。

ひざまくら


2008.02.24