平べったくやや四角い形が特徴の黒い愛車を滑らかに飛ばしながら、雲雀は頭の中でこれから会う人物のことを考えていた。

その情報収集能力と女性ながらになかなかのものであるらしい戦闘能力で有名な、最近台頭してきた情報屋兼殺し屋である。自分よりいくつか年下らしいが、見た目に騙されると痛い目に遭うぜ、というのは跳ね馬の言葉だ。どういうわけか雲雀がのご指名を受けたということを知ったディーノはわざわざ雲雀に電話をかけてきてご丁寧にも忠告をくれたのである。
指定を受けた場所は、別荘が多いことで有名な街のとある屋敷。彼女がティー・タイムに使う屋敷は複数あるらしく、そのうちのひとつらしい。
ちなみに今回、雲雀の肩にはヒバードがかわいらしくとまっている。が雲雀を指名した際、ペットがいるなら連れてきてと言ってきたのだ。なぜ雲雀がヒバードを飼っていることを知っているのかという問いは、優秀な情報屋である彼女には愚問だろう。あるいは十歳も年上のくせににはどうも弱いらしい跳ね馬から聞き出したのか。おそらく両方だろうと雲雀は思っている。
植物で華やかに飾り付けられた大きな門を滑るように通過して、雲雀は屋敷に到着した。迎え出たのは淡い赤の混じった金髪の、細身の美青年だ。歳は雲雀よりもやや年上だろうか。女性に受けそうな、華やかで甘い顔立ちの青年はようこそいらっしゃいましたと丁寧に頭を下げた。お車はお預かりしますと言ったので鍵を預けて、中へと案内してもらう。
屋敷の中はずいぶんと明るかった。日光をたくさん取り入れられるように窓が多くつけられていて、そこから見える景色はちょっとした植物園のようだ。様々な草木や花が植えられ、小さい小川などもついていて、屋敷の主人の趣味の良さが伺える。
通された先は、室内ではなく小さめの中庭だった。長椅子が木の下に置かれ、また中央にはテラスが設置してある。どうぞごゆっくり、そう言って青年は一礼すると去っていった。残された雲雀はテラスに向かって歩を進める。こちらに背を向けて座っていた人物が、ゆっくりとした動作で立ち上がった。
ゆったりとした黒髪がさらりと流れ、濡れたように艶を放つ漆黒の瞳が雲雀の双眸を捉える。
「初めまして、雲雀恭弥。来てくれてありがとう」
しっとりと、蓮の華のように、笑った。






「で、どうして僕を指名したの?」
白磁に紅色で紋様の描かれた趣味の良いカップで紅茶を楽しみながら、雲雀はヒバードを指にのせて嬉しそうにかまっているを見つめた。どうやら彼女はヒバードが相当お気に召したらしく、用意していたパンくずを与えてあっと言う間に手懐けてしまった。指先で小鳥の頭をなでながら、はそうね、と薔薇色の唇を綻ばせる。
「あなたの強さは、とにかく有名だったから。おまけにかなりの美形だって聞いていたし、会ってみたいと思って」
予想以上の美人で嬉しいわ、とは言った。そう言う彼女も、烏の濡羽色の長い髪、黒曜石の瞳。肌は透き通るように白く、唇は鮮やかな紅色。特に人間の美醜に頓着のない雲雀から見ても、人の目を引きつける美しさがあった。
「ずいぶんと跳ね馬を気に入っていると聞いたけど」
「そうね。ディーノはとにかく優しいから」
ひとまわりも年上だからかしら。微笑んで、はヒバードのふわふわとした羽に口づけた。そして、ピュ、と口笛を吹く。屋敷の方から聞こえてきた羽音に雲雀が視線を向けると、ヒバードと同じくらいの大きさの真っ白い鳥が一羽、ふわりとの肩に舞い降りた。
「スイっていうの」
スイとヒバードはしばらくお互いに見つめ合った。そしてスイがヒバードの隣に移動すると、ピピ、ピピと鳴き交わす。しばらくそうした後、ピ!との方を見て大きく鳴くと二羽揃って飛び立った。中庭に作られた鳥用の台の周りを旋回し、地面に降り立ったり台の上の果物をつついたりとずいぶん仲がよいようである。
の方に視線を戻せば、そんな二羽をみてにこにこと微笑んでいた。その目元にはなんともいえない色気があり、ふつふつと雲雀の中の感情を刺激する。
雲雀は彼女を初めて見たとき、強い、と思った。一瞬で彼女の持つ潜在能力の高さを感じ取り、次の瞬間には戦いたい、という衝動に変わった。あくまで仕事できているため抑えたが、いつか咬み殺したいという欲望はそう簡単に消えるわけがない。
ふと、は雲雀の視線に気付いた。彼女は一瞬きょとんとしたように瞬いたが、すぐにそれはうっすらとした微笑みに変わる。煽るようなその表情に、ぞくりと雲雀の熱が上がった。
「仕事の話をしようか。僕がここに来たんだから、受けてもらえるってことだよね」
「ええ、そうね。ドン・ボンゴレには、良いお仕事をしましょうと伝えてちょうだい」
契約成立の握手。の手はとても戦場に生きる者の手とは思えないほど細く、柔らかかった。うっかり握りつぶしそうになる右手を抑えて雲雀はゆるく笑んだ。一方のも、自分より大きく、薄く骨の浮いた手のひらの感触が心地よくて唇を笑みの形に変える。
くすくすと、は声に出して笑った。
「どうかしたの」
雲雀が聞く。はからかうような瞳をして雲雀の目元を指先でなぞった。くすぐるような感触に、雲雀の衝動が刺激される。彼女は、わかってやっているのだろうか。
「ねぇ。さっきから、自分がどんな目をしているか、知ってるかしら」
は気付いていた。雲雀が初め自分を見た瞬間に抱いた感情も、握手をした右手のどうしようもない破壊願望も。それは雲雀の漆黒の双眸の中に冥い欲望となって渦巻き、雲雀自身も気付いていないほどの壮絶な色香となって滲み出ている。殺気を抑えた獣ほど美しいものはない。そう思っているは、目の前の美しい獣がどんどん高ぶっていくのが嬉しくて仕方がなかった。
「跳ね馬にも、そういう風に接するのかい」
今すぐにトンファーを抜きたいと疼く両腕を無視して雲雀は聞き返した。もともと雲雀は自分の欲望には忠実だが、この美しい華を散らすのはまだ先だ、と本能が告げていた。つみ取るのは今ではない。
ディーノの名前がでたのはなんとなくだった。自分がまだ学ランを着ていたころに短い間とはいえ一応師であったから、口にしやすかっただけだ。
はふふっと笑って手を引こうとする。とっさに掴んで、そのまま自分の頬に寄せた。彼女の滑らかな手のひらが雲雀の頬をなでていく。接した部分から体温が混ざり合って、溶けていくようだった。
「ずいぶんと気にするのね。やきもち?」
「さあね。少しばかりつき合いがあるだけだよ。ここへくる前にも、忠告のようなものをもらったし」
彼は僕の師であったことがあったからね。そう言えば、は面白いことを聞いたという顔をした。瞳が輝き、情報屋の性だろうか、さぐるような視線で雲雀の瞳をのぞきこむ。 雲雀は昔の話だけどね、と付け足した。
「朝まで付き合わせたって聞いたよ。ずいぶんと贅沢な抱き枕だね」
「とても寝心地は良かったわよ。ふふ、私との年齢差を気にして罪悪感を感じたりしているみたいだけど、そこがまたいい男なのよね」
からからとは笑った。私がベッドまで引き込む男は滅多にいないんだけどね、と言って。つかまれたままの右手が雲雀ののどもとをくすぐる。ぞくりと、今度こそ抑え切れそうにない衝動が溢れるように沸いて出るのを感じた。
「ねぇ、僕に咬み殺されない?」
「私が欲しいの?」
「欲しい」
あっさりと雲雀は言ってのけた。もはや隠そうともしない欲に濡れた瞳での双眸を絡め取る。は握られた右手からぞくぞくと言いようのないものが流れ込んでくるのを感じた。他のどんな男を前にしても動かなかった彼女の最奥にあるものがふくれあがってくる。微笑みを保ってはいたが、どうしようもない感情の奔流にたえきれそうになかった。
熱に浮いた漆黒の瞳が近づいてくる。
しっとりとふれあった柔らかいキスはすぐに深くなって、理性など簡単に吹き飛んだ。

03:その出会いは、必然。


2008.02.09