その日、一応上司ということになっている元後輩の執務室を訪れた元風紀委員長は、受話器を本体に戻した格好のまま机に突っ伏している草食動物と、もはや我関せずといった体でエスプレッソを飲み続ける赤ん坊の姿を発見した。
「なにやってるの」
ぱたんと扉を閉めて、赤ん坊の向かいに座る。先日リボーンに頼まれた仕事の報告書を渡した雲雀は、ちらりとボンゴレ十代目のつむじを見上げた。彼はふるふると肩を震わせて、ぎゅうっと受話器を握りしめている。やがて綱吉は突っ伏した体勢のまま、咬み殺したくなる気を起こさせないくらいに力のない声で言った。
「‥‥雲雀さん」
「なんだい」
自分でいれたコーヒーを優雅な仕草ですすって、雲雀は応える。またしばらく合間があって、綱吉は弱々しく顔をあげた。
「お仕事、頼みたいんですけど‥‥」
「いやだよ」
「ですよね」
ごん。ツナの額が机にぶつかって良い音を立てた。額をおさえて起き上がった彼は、そこでようやく自分が受話器を握りしめたままだということに気付いて手を離した。そしてすっかり冷めてしまったコーヒーを一気のみすると、意を決したように雲雀を見据える。 雲雀の好きな、草食動物ではない顔を覗かせた綱吉に、雲雀の口元が笑みに歪んだ。
さて、次は何を言うのだろうか。
「雲雀さん、情報屋で殺し屋のって人、知ってますか」
「名前だけね。強いんだってね、彼女。いつか咬み殺したいと思ってるけど」
雲雀の返答に綱吉は微妙な顔をした。泣き笑いのような、くしゃっとした顔だ。
「‥‥そのさんからご指名が入ってます」
「なにそれ」
興味を持ってしまった雲雀に、綱吉はディーノから聞いたの交渉方法をざっと説明した。もちろんお茶がディナーをすっ飛ばしてベッドまでいくかもしれないということも、 きちんと話した。雲雀はそれに関しては全く頓着しないようで、ふうん、とそれだけを言う。
「それで、そのティータイムに僕が指名されたわけ」
「そうです」
結局自分で電話をかけた綱吉は、あらボンゴレ十代目、聞いていたとおりかわいらしい声をしているのねというの言葉にまず撃沈し、それ、ディーノさんからの情報ですかと一応聞いてみてもちろんという答えにやはり沈んだ。からからと受話器の向こうで笑っているの声はかわいらしいというか艶があって、ああそういえば彼女は自分よりいくつか年下なんだっけと思い出した綱吉はそこではっとした。は綱吉よりも年下である。ということはディーノとはほぼ一回り違うということだ。ディーノが遠い目をしていたふたつめの理由を発見してしまい、兄弟子が憐れに思えてきた綱吉だった。
『それで、ボンゴレ十代目。わざわざご自分でかけてきたのだから、結構大きなお話があるのよね?』
相変わらず笑みを含んだ声色で、は先を促した。確かにその通りであるので、ツナは最近裏でこそこそといろいろ悪事を働いているらしい中小マフィアの情報と、殲滅戦になった場合参戦して欲しいという旨を伝えた。彼女の実力はヴァリアーにも引けを取らないという噂だが、ボンゴレのボスとしてはその実力を正確に把握しておきたい。そんな思惑を含んだふたつの依頼だったのだが、以外にもはあっさりと承諾した。
ただし、ひとつの条件を出して。
『ティー・タイムのことは知っているわね? 是非とも会ってみたい人がいるの。彼を貸してくれないかしら』
『‥‥誰を貸せばいいんでしょう』
本日何回目かにもわからないいやぁな予感を感じつつも、綱吉は返答を待った。
彼女はにっこりと笑って――顔は見えないが、おそらくそういう表情をしているであろう上機嫌な声色で、一人の名前を、告げた。
『雲雀恭弥』
絶句した。てっきり山本とか獄寺とか骸とか、そのへんの美形を指定すると思っていたのに。ああでも彼女は強い男も好きなんだっけ。そうだよなぁ、雲雀さん守護者最強だもんなぁ、顔も整っているし。
綱吉が思わず思考を飛ばして何も答えないでいると、その間をやはり絶句しているからだととったのか、はくすくすと笑った。
『彼って、とても強いのでしょう? 一度見てみたくって。一番扱いに苦労している守護者みたいだけど、どうする?』
明らかに面白がっている口調だった。貸せるか、貸せないか。無理だと言えば彼女は間違いなく依頼を受けてはくれないだろう。
完璧に遊ばれている。そう自覚しつつも、答えは一つしかなかった。
『お貸しします‥‥』
交渉成立ね、というの嬉しそうな声が聞こえる。ティータイムの場所と日時をメモった綱吉は、とてつもない頭痛を感じながら、やっとのことで電話を切ったのだった。
「というわけで、雲雀さん。さんに会ってあげてください」
「いいよ」
「いいんですか」
「うん」
あんまりにもあさっりと雲雀が頷いたものだから、綱吉は一気に力が抜けた。なんだ、いいんじゃん。なんでオレこんなに疲れてんだろう。
しかしそこでふと重要なことを思い出す。
ティー・タイムは夜まで延長されることもあるのだが、そこらへんはいいのだろうか。
「あのう、雲雀さん」
「なんだい草食動物」
「‥‥もしかしたら夜までかかるかもしれないんですけど、いいんでしょうか」
草食動物と呼ばれてもそれどころではない綱吉は、ちょっと引き腰になりながらも一応確認を取ってみた。しかし雲雀はああそんなこと、と言っただけで、綱吉に渡されたに関する報告書から目を離さなかった。
「別に、いいんじゃないの。マフィアの世界では、ベッドの中でのお約束なんて日常茶飯事だろ」
そう言われてしまっては身も蓋もない話である。
結局綱吉はお願いしますと頭を下げて、黙って成り行きを見守っていたリボーンは、これじゃどっちがボスなんだかわかんねぇなと二杯目のエスプレッソを口にした。


02:ご指名、入りました


2008.02.09