「美形好きなんだ」
「‥‥はぁ」
その人物の対応策について兄弟子に助言を求めたとき、一瞬遠い目をしてみせた彼はまず一言そう言った。
「とにかく面食いでな。直接交渉に行くときは一緒に連れて行く部下も全員そこそこの美形でないと会ってくれやしねぇ」
「大変ですね」
「あぁ、大変だ。しかもだな、顔だけじゃなくて、例えば電話だ。電話で交渉するときなんかは、たとえぞれがボスであろうが下っ端構成員だろうが、声が良くないと無言で切られる」
「‥‥わがまますぎませんか?」
「いやいや、彼女にはそれだけの価値があるのも確かさ」
はぁ、とディーノは大きくため息をついた。女性の扱いが比較的上手い彼でさえこの様子なのだ。仕事の都合上これから組んで貰わなければならない彼女に、果たして自分は依頼を受けてもらえるのだろうか。
「で、だ。とにかく顔のいいやつと、声のいいやつを使って依頼交渉の席を設けること、これがまず第一の関門。その次は、お茶だ」
「茶?」
第一の関門ですでにずいぶんなハイレベルである。その次が、茶。
‥‥茶?
「午後のティータイムをだな、一緒に過ごす。向こうの指名がなければとにかく肝っ玉の据わったそこそこ若くて美形なやつを送って、それで依頼交渉だ。これはかなりの賭けだから、指名がなければ成功確立は半々だと思った方が良い。逆に誰々を寄越せ、と指名があれば、九割方交渉は成立する」
へぇ、とツナは相づちを返した。美形を寄越してこい、か。一応彼女は美形好きであって男好きではないと聞いていたが、紙一重なんじゃないかと思う。
「あのう、つかぬことをお聞きしますが」
「なんだ、ツナ」
「その席に、ディーノさんが行ったことはあるんですか」
「あぁ、あるぜ。うちの場合は初めっから俺を指名してきてな。その時は夜中までかかった。どういう意味かわかるよな、ツナ」
「‥‥はい」
夜中まで。おそらく正確には、明け方まで、だったのだろう。ツナはちょっと遠い目をした。ああそうか、彼女について切り出したとき彼が遠い目をした理由は、これか。
「ま、必ずしも夜までかかるってわけじゃねぇから。俺は気に入られちまったらしくてな、たまにそうなるんだが、ほとんどの奴は純粋にティータイムで終わるらしい」
「そうなんですか」
彼女はよっぽどキャバッローネの十代目が気に入ったのだろうか。確かにこの兄弟子は外見も中身も男前で、文句のつけようのないくらい良い男である。しかし、仮にも同盟ファミリーで三本指にも入るファミリーのボスを呼びつけ、共寝させるとは。いっそあっぱれだと思った。
「で、まぁ、お茶のときにOKがもらえれば、交渉成立。駄目だったら、ツナの場合はもう一回お前が交渉すればなんとかなるんじゃないか」
「それどういう意味です、ディーノさん」
少し目をつり上げて聞けば、ディーノはん、と首を傾けた。ちょっと視線を横にそらして、ぽりぽりと頬をかく。
「いやだからな。お前の顔は、たぶん彼女の好みだと思うんだ。きっとかわいいっていってかわいがってもらえるぜ」
「‥‥‥‥」
ツナはちょっと泣きたくなった。兄弟子にこんなことを言われる自分って。というかマフィアのボスにそんなことを言わせる彼女って。
ふー、とため息をはきだす。まぁ、とりあえずこれから自分が何をしなければならないかが見えてきたのだから、そろそろおいとましようか。まずはとにかく人材を揃えなくては。顔が良くて、声も良くて、肝っ玉も据わっている、できれば女性の扱いに不慣れでない人材を。
「それじゃあディーノさん、ありがとうございました。そろそろオレ、行かなきゃならないんで」
「おう。ああそうだ、ツナ。最後に一つ」
「なんですか?」
顔の正面に人差し指を立てた兄弟子の顔を見て、ツナは嫌な予感に襲われた。ボンゴレ特有の超直感がさらに感性を研ぎ澄まし、いっそズキズキ痛むほどにその予感を的中させる。
「彼女は美形も好きだけど、正確には美形で強いおとこが好きなんだ。それもとびっきり強い、相当の実力者」
また難易度が上がった。それだけではないと脳内に警鐘が鳴り響いて、ツナは思わず身構える。
ディーノはへらっと笑って、さらりと言った。
「だからな、ツナ。たぶん、守護者の誰かが行くことになると思うぜ」
オー・マイ・ゴッド。
ツナはべしんとテーブルに沈んだ。





「てわけなんだけど、リボーン。どうしよう」
「知るか。自分で考えろ」
「でもでもだって、彼らを送るなんて! 確かにみんな美形だけど、声も良いけど、肝っ玉も据わってるけど、彼女と寝てこいなんて、そんなこと言えるわけないじゃないか‥‥!!」
半分涙目になってツナは叫んだ。ボンゴレ十代目となってからまだ日の浅い彼は、自分の執務室の中、リボーンや守護者の前でだけ、かつてのダメツナを思い起こさせるような顔をする。
ソファに座ったリボーンはエスプレッソを飲みながら、机の上で頭を抱えて悩む弟子をじっと見つめていた。お茶に行ったからといって確実に寝ることになるというわけではないのにベッドインは確実だろうからと嘆いているのは、超直感というやつがもたらした結論なのだろうか。まぁ確かに、ディーノの結果を鑑みれば、そうなるであろうことは容易に予想が付く。守護者は皆、タイプこそ違えど美形揃いなのだ。
ちなみにディーノは、たぶんヴァリアーでも顔が良い奴ならイケると思うぜ、たとえばスクアーロとかザンザスとかな。あいつらだって十分美形だろとも言っていたのだが、ツナもリボーンもその案は却下していた。だってヴァリアー。あのヴァリアーだ。交渉なんか、絶対できないに決まっている。
「とりあえずは電話でもなんでもしてお茶の約束取り付けねーと始まんねーだろうが」
呆れたように言えば、ツナはそうだ、そうだよねととりあえず顔を上げた。受話器を持ち上げようとして、しかしそこで手が止まる。
どうしたのかと顔を向けたリボーンを少しばかりなさけない顔で振り返った綱吉は、ますます眉を下げた。
「どうしようリボーン、オレ声に自信ない‥‥」
リボーンは深く重く、ため息を吐き出した。


01:彼女の攻略法


2008.02.09