ボンゴレT世とその守護者たちがくつろいでいると、部下の一人からジョットのもとへ慌ただしく通信が入った。それにいくつか指示を飛ばして、ジョットは小さなため息をつく。いかがいたしましたかと訊いてくる守護者にアペレジーナのおでましだと短く返せば、それだけでその場にいる全員が納得したように頷いた。 そして、ジョットが談話室の扉へと視線を向けた次の瞬間。 扉が壊れるのではないかと思わずにはいられないような音をたてて、勢いよく扉が開かれた。 そこに立っていたのは。 「お久しぶりですわ、ジョット!」 「ああ久しぶりだ、ローズ。最近は忙しいと聞いていたが。相変わらずのようだな、お前は」 「もちろんですわ。たかだか新興ファミリーのみっつやよっつ楯突いてきたところで、このわたくしにはなんてことありませんもの」 綺麗にカールされた豪華な金髪、本人の気性を表すかのような勝ち気なエメラルドの瞳。肌は陶器のように白く、つんと尖りがちな唇はちいさな薔薇のように可憐な紅。 ボンゴレファミリーとほぼ同時期に作られ、ボンゴレファミリーが最も信頼している同盟ファミリーのボス。トキワファミリーの初代ドン、ロゼリア=ロトレーゼは、薔薇色の唇をつり上げて艶やかに笑ってみせた。 ボンゴレファミリーといえば初代ボスであるジョットと彼の六人の守護者が有名なように、トキワファミリーといえばボスであるロゼリア=ロトレーゼと、その弟ミールが有名である。ロゼリアはその苛烈な性格と派手な戦い方からアペレジーナ(女王蜂)という通り名で知られており、またミールはそんな姉をサポートし、裏から冷静に策略の糸を張り巡らせていく参謀役として知られている。 そしてロゼリアはジョットに惚れていた。ロゼリアがまだドン・ボンゴレになる前のジョットに一目惚れし、彼を追いかけ続けた結果彼女自身もファミリーを持つまでに至ったという話はあまりにも有名で、誰が見てもすぐにわかってしまうほどに彼女の愛はわかりやすく、熱烈だった。巻き込まれた周囲がとばっちりをくって火傷を負うほどに。 「今日はわたくしの誕生日ですのよ、ジョット!」 「そうだったな」 彼女がこうして自分の誕生日を主張するためにボンゴレに乗り込んでくるであろうことは既に予想済みであった。一応ボンゴレファミリーのボスとしてトキワファミリーの本部の方に祝いの花などを届けるように手配はしたが、その程度のもので彼女が満足するはずがない。絶対に必要になるだろうとの確信をこめて容易していた花束を取り出すと、ジョットは彼にしては珍しいほどに柔らかい笑みを浮かべて差し出した。 「誕生日おめでとう、ローズ」 そして頬に軽いキスを落とす。 いつもの勝ち気な彼女らしくなく、みるみる顔を真っ赤にさせて少女のように瞳をうるませたロゼリアを見て、同じ部屋の中にいた守護者達は目線を交わしてこそこそと笑いあった。いつもはジョットに相手にされなかったと嘆いては暴れ、ジョットが視界に入った次の瞬間には彼のもとへすっ飛んでいき、ジョットから何かをもらうたびに周囲に自慢しまくるなどとにかく周囲を巻き込んでの暴走が常のお嬢様が、まあなんてかわいらしいこと! 「何を贈ろうか迷ったのだが、こういうシンプルなものの方がお前には似合うと思ってな」 そう言ってジョットはポケットからリボンを取り出した。蔓をイメージした緑と、薔薇色の紅で編まれたそれをジョットは丁寧なしぐさでロゼリアの髪に編み込んでいく。さりげなく横から差し出された鏡を受け取って、ロゼリアは鏡をまじまじと見つめた。綺麗に結われた金髪に鮮やかな緑と紅が見事に映えている。ジョットが自ら選んだというそれは、確かに彼女によく似合っていた。 「気に入って貰えるといいのだが」 「もちろん、もちろんですわ。貴方が選んでくださったもので、わたくしが気に入らないものなどひとつもありませんもの!」 「それは良かった」 少し首を傾けてジョットは微笑む。 それを見てさらに首筋を赤くしたロゼリアの幸せそうな顔を見て、守護者たちはやれやれと小さく肩をすくめた。 「ミールへ繋げてくれ」 「かしこまりました」 誕生日プレゼントに満足したロゼリアを見送ってから執務室へと戻ってきたジョットは、すぐさま一本の電話をかけた。数コールもかからずに相手が出たところを見ると、ジョットからの電話を待っていたらしい。それもそうだろう、なにしろ彼は一週間も前にジョットのもとに電話をかけてきてロゼリアの襲来予想を告げた張本人である。今日くらいは姉さんに優しくしてあげてくださいと丁寧に頼んできた彼女の弟は、いつも姉の後始末を押しつけられている苦労人だ。 「ミールか。ローズならつい先ほどご機嫌で帰っていったが」 『ありがとうございます、ジョット。本当に助かります。ご無理をお願いして申し訳ありませんでした』 「いや、これくらいはかまわんさ」 電話越しでも、ミールの声が疲れているのがわかる。彼は普段ならにこにこと穏やかな笑みを絶やさず、姉のどんな行動にも顔色ひとつ変えずに冷静に処理していく優秀なトキワのナンバーツーであるが、年に数回起こるロゼリアの大噴火のときにはさすがに疲れた顔を見せる。特に、自分の誕生日の数日前から妙にいらつきはじめる姉には彼でさえも手を焼いているようで、そうするともうジョットからのプレゼントをもらわなければ機嫌がなおることはないとわかっている彼は毎回必ず電話をかけてくるのだ。そしてそれを知っているからこそ、普段はロゼリアからの文字通り体当たりの愛情表現をさらりとかわしているジョットではあるが、今日くらいは彼女の望みを叶えてやるのである。 ちなみにジョットは決してロゼリアを嫌っているわけではない。わけではないのだが、あれだけ真正面から堂々とぶつかってこられると、どうしてもからかってやりたくなってくるのである。そのせいで多少周りに被害がでたりもするのだが、まあその周囲だってそれなりに面白がって見ているのだからそれくらいは許容の範囲だろう。 「ところで、ローズが持ってきた土産の件なのだが」 『ああ、それは僕からのささやかなお礼です。いつも姉がお世話になっていますし。すばらしいカードでしょう?』 「そうだな。これでゲームが有利に進みそうだ。感謝する」 ロゼリアが持ってきた土産――、現在ボンゴレファミリーに戦争を仕掛けようとしているファミリーの名前と数、武器の所有量、及びアジトの場所。表立ってこちらが動けば当然向こうも警戒してくるだろうが、ドン・ボンゴレに逢いたくなったドン・トキワが突然ボンゴレに乗り込んでくるなど日常茶飯事のことである。ましてや今日は彼女の誕生日、不自然な点は何もない。そこで情報収集を得意とするトキワファミリーが内密に集めていた情報がボンゴレ側に渡っても、敵が気付いたころにはもう殲滅されていることだろう。 ロゼリアもジョットも、自分たちの知名度と間柄に対する他人の見方をよく理解していた。そのうえでロゼリアは過激なラブコールをジョットに送り続けるし、ジョットも面白がりながら笑って受け流している。過激で苛烈で暴走しがちなじゃじゃ馬という印象の強いロゼリアだが、それはあくまでジョットに対してのみ。実際は論理的に物事を考えることのできる聡明さを十分に持ち合わせている女性だ。ジョットに対する愛はもちろん本気だが、決して自分の役割も忘れずに自分のラブコールすら政治の道具として利用してみせる彼女の統治者としての顔を知っている者は、とても少ない。 あれはとてもいい女だと、ジョットは思う。 「ミール、このゲームが終わったら一杯やろうか。上等のワインを用意しよう」 『それは楽しみです。ジョットがお好きなつまみを持っていきますよ』 「期待している」 ふっと唇に笑みを乗せて、ジョットは電話を切った。それから側で待機していた部下にいくつか指示を飛ばしながら部屋を出る。 ――後日、ボンゴレ及びその同盟ファミリーに戦争を仕掛けようとしていた複数のファミリーがほぼ同時期に壊滅するという事件が起きた。 これによって荒れ模様を見せていたマフィア界にはしばしの平穏が訪れ、ボンゴレファミリーの名がより広く知れ渡ることになる一大事件として後のマフィア史にも名を残すことになる。 「っていうようなことがあったらしいのよ」 「へえぇ〜。全然知らなかったよ」 「そうでしょうね。代々のボスの恋物語なんて、後世にはあまり伝わらないものだわ」 ゆったりと足を組み替えながら、ドン・トキワ十代目の妹、はからからと笑った。季節は春、午後三時をすぎたところだ。柔らかな陽射しが降り注ぐ中、テラスでお茶を飲みながら沢田綱吉はトキワファミリーに伝わるボンゴレファミリーの逸話についてに語ってもらっていた。とは言っても、これはただのおしゃべりではなく、綱吉のイタリア語のトレーニングも兼ねてのことである。 トキワの初代ボスがボンゴレの初代ボスに惚れていたらしい、ということは以前にも耳にしていたのだが、改めて聞くとなんともすごい話だった。ロゼリアというその女性の肖像画も残っているのでついでに見せて貰ったのだが、豪華な金髪に大きめのエメラルドの瞳、透き通るような白い肌に小柄な身体とまるで人形のような可憐な女性がまさかそんなに過激な性格で、おまけに綱吉の遠いご先祖様にぞっこんだったなんてとても信じられない。 「でも、結局二人は結ばれなかったんだよね?」 「そうね。仕方がないわ、二人ともボスだったんだもの」 ジョットがボスの座を二代目に譲ると、ロゼリアもまた弟のミールにその座を譲り渡し表舞台から姿を消した。彼女は生涯結婚せず、子どもを持たなかったためトキワの三代目以降は全てミールの血筋だ。ロゼリアとミールは血の繋がっていない姉弟であったので、ドン・トキワの初代の血筋は現代には伝わっていないことになる。 「初代ボンゴレはロゼリアさんのことをどう思っていたのかな」 指輪の中で一度だけまみえた、自分の遠い先祖。自分とよく似た顔の初代を思い浮かべながら、綱吉はぽつりと呟く。 テーブルに頬杖をついてそんな綱吉の横顔を眺めていたは、そうねえ、とあいづちをうった。 「彼も彼女のことを愛していたのか、それともただの友人だと思っていたのか。今ではもうわからないけれど、ひとつだけ確かなことがあるわ」 「なに?」 中に彷徨わせていた視線をの方へ戻して、綱吉は首を傾けた。 は綱吉の指、ボンゴレリングを指さしてにっこりと笑う。 「うちのファミリーとボンゴレが同盟一仲が良いのは知っているでしょう? それはね、ボンゴレの初代とトキワの初代が、どちらも二代目にボスの座を譲るときに全く同じことを言い残したからなの。彼らが交わした約束は、百年たった今も生き続けている」 だからきっと、バッドエンドの物語ではなかったのよ、と。 柔らかい声色で言って、はふわりと微笑んだ。 storia d'amore (恋物語)
『イタリア語10題』 より 「storia d'amore(恋物語)」 やっと書けた初代トキワ! ずっと書きたかったロゼリアとジョット! ジョットの性格は想像で書いたものなのでこの先原作で彼がでてきてもそこは全力でスルーしてやってください。そろそろ出てきそうな予感がするので慌ててアップした次第でございます(滝汗) Ape Regina(女王蜂)は、たぶんこれで合ってると思うんですけど…。間違ってたらごめんなさい。イタリア語全然知らないのです(泣) 2009.09.02
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