久々の雨の日だった。学校のない休日だがは雲雀の家へくつろぎにいっていて、二人そろって居間でのんびり過ごしていた。は出かけていったきりまだ帰ってきていない。 カタカタとが持ち込んだ仕事をパソコンで処理していく音と、雨のザアザアという音だけが響く。雲雀はの隣で、風紀委員のたまった仕事を片付けていた。 「ただいまー」 ザア、と一瞬大きく雨の音がしたかと思うと、玄関の方からの声が聞こえた。うえー濡れた。そんな文句が聞こえて、雲雀もも首をかしげる。彼は出かけるとき、きちんと傘を持っていったはずなのだがどうしたのだろうか。 しばらくすると、全身ずぶ濡れになったが居間の方へと姿を現した。廊下や床が濡れないように、靴下とシャツを脱いで片手に持っている。頭からはぽたぽたと絶えず雫が落ちていて、は一旦キーを打っていた手を止めるとバスタオルを持ってきてやった。サンキュ、と短く礼を言って、はがしがしと水分をぬぐう。タオルはあっと言う間に湿って重たくなった。 「傘はどうしたの?」 「ん、偶然会ったクラスメイトの女子が忘れて困ってたから貸してきた」 この天然のタラシめ、とは思った。という人間は、実は結構人気がある。精悍な顔立ちはもちろんのこと、あの雲雀恭弥の弟でありながら理不尽な暴力は好まず、時には兄のストッパーとなる男前な性格は密かに女子の間では人気があるのだ。さらにこうした優しさも持ち合わせているのだから、理想の彼氏像をほぼ完璧に体現していると言ってもいい。その女子が勘違いしなきゃいいけど、とはため息をついた。 「シャワーあびた方がいいわね。びしょびしょだわ」 「おう、そうする。荷物頼むな」 に鞄を預けて、は風呂場へと消えていった。何気なくその背中を見送ったの瞳が、驚いたように大きく見開かれる。そんなに気付いての背中へと視線を向けた雲雀も、弟の背にその原因を見つけて沈黙した。 「あの様子じゃ、気付いてないわね」 呆れたようにが言う。乾かすためにの鞄の中身を取り出して、本体は適当なところに引っかけておいた。革が水を弾いて中まではそんなに濡れていないから、すぐに乾くだろう。 立ち上がったついでにぬるくなってしまったお茶を取り替える。最近が気に入っている銘柄の緑茶だ。一息ついたところで、雲雀が口を開いた。 「ねぇ、」 「なに?」 「の彼氏ってどんなひとなの」 よく考えてみると、雲雀は弟の恋人についてよく知らないのだ。とりあえず年上の男でとも知り合いだということまでは知っているが、詳しいことはわからない。は愛用の湯飲みを置いて、そうね、と言った。 「うちと同盟を組んでるマフィアのボスよ。まだ22歳だけど、若手にしては有能ってことで有名なの」 「‥‥ボス?」 「そう、ボス」 お茶をいれなおしたときに持ってきたお茶菓子を口に入れて、は頷く。同じように茶菓子のほのかな甘さを楽しみながら、雲雀は疑問に思ったことを聞いてみた。 「跡継ぎとかはどうするの。は産めないよ」 「そうなのよねぇ。もそこのところを気にしていたのだけど、実は全く問題はないの。彼、婚約者がいるから」 なんだそれ、と雲雀は思った。基本的に他人には興味がない彼だが、弟のことだけは一応例外の範疇に含まれる。弟の恋人に婚約者。どんな三角関係だ。 「幼馴染み同士でね。男女の恋情なんかはじめっから全くなくて、むしろ双子の兄弟みたいな関係なのよ。その人もマフィアの娘だから、後々に結婚問題とかでてくるでしょ。だったらお互いのことをよくわかりあっている者同士で結婚した方が丸くおさまるし、双方の勢力にもそれほど問題が起こらなくて済むからってことらしいわ」 とはいっても、よそのファミリーとの政治的なあれこれが起きてしまって現在は凍結中である。しかし数年以内には片付く予定なので、公にはされてはいないものの互いのファミリーの間ではすでに決定事項となっている。 「その人、ルイさんって言うのだけれどね。とっても素敵な人なの。のことも気に入っていて、が俺は子ども産めないから駄目だって身を引こうとしたときに、あなたがこなくちゃ彼とは結婚しないわって言って背を押してくれたのよ。子どもはわたしが産むから気にしなくていいのよって。素晴らしい女性だわ」 とルイは面識がある。幼いころからマフィアの女性としてのたしなみや女であるということをどう生かすかといったことを教わってきたは彼女の芯の強さと優しさを心から尊敬している。とルイが出会うきっかけをつくったのはだ。どうしても直接会って話がしたいと言ったルイをの所有する屋敷でくつろいでいたのもとへと案内した。その後には少しばかり文句を言われたりもしたが、結局はそのおかげで全てが丸く収まったので結果オーライである。 雲雀はふうん、と相づちをうった。が他人をそこまで褒めるのは珍しい。ついでに言えば、今が断片的に話したエピソードにも、多少の興味がわいた。雲雀とは仲の良い兄弟だが、そういったプライベートなことをなんでも話すような関係ではない。真面目に見えて実は結構スレたところのあるあの弟の逸話をの口から聞くのは、雲雀にとってそれなりに楽しみのひとつでもあった。 と、そこで風呂場の方でガラッと音がした。どうやらがシャワーを浴び終えたらしく、ほかほかと身体から湯気をたてて居間へと戻ってくる。汗がひくのを待っているのかズボンをはいただけの上半身裸の格好だが、同性の雲雀は当然ながらも全く気にしなかった。年齢が一桁のころからのつき合いなので、そんなものは今更なのだ。 「なんか盛り上がってんな。面白い話でもしてたのか?」 「あなたの彼氏と、その婚約者の話を」 「はぁ? んなもん話してどうするんだよ」 冷蔵庫から出したスポーツドリンクを一気に半分くらい飲んで、も兄と幼馴染みの反対側へと腰をおろした。ついでに持ってきたせんべいの袋を開けて、手で割らずにそのままかじりつく。匂いにつられた雲雀も手を伸ばしてきたので一枚とってやった。 「いいじゃない、別に隠してるわけじゃないんだから。それに彼氏の話が聞きたいって言ったのは恭弥よ」 「なんで? 兄貴」 ばりん、と盛大な音をたててかためのせんべいを食べながら、は兄を見た。弟とは違い行儀良く手で割ってから食べている兄は、空いている方の手で自分の首の後ろをちょいちょいと指した。隣ではがくすくすと笑いながら雲雀が割ったせんべいを横から失敬していて、の頭にはてなが浮かぶ。恋人の口もとに割ったせんべいをもっていきながら、雲雀はすました顔で言った。 「弟の背中に盛大に痕をつけるような人物だよ、気になっても仕方がないとは思わないかい」 びき、と音をたててが固まった。は相変わらずくすくすと笑っていて、おまけに鏡持ってこようか?なんて言っている。そういえば昨夜は後ろからやられたんだったとか冷静に考えながら、の右手はせんべいを握りつぶした。 そう、のたくましく鍛え上げられた背中には、くっきりとつけられた赤い痕が点々と散っていた。己の所有物だと主張するように濃く刻まれた証は、かの青年の独占欲が意外にも強いということを示している。 この兄と幼馴染みはさきほど自分が玄関で濡れたシャツを脱いでから居間にきたあのときにとっくに気付いていたに違いない。それでも何も言わず、それどころか人がシャワーを浴びている間に話題にして勝手に盛り上がって、この絶妙なタイミングで教えてくれやがった。全く良い性格してやがる。手の中のせんべいのかけらが、さらに細かく砕けた。 「ディーノ、後で覚えてろ」 普段なるべく痕はつけるなと何回も言っているにも関わらずこっそりとつけてくれやがった恋人に対して、は地を這うような声で低く呟く。 後日キャバッローネでは、今回の件でキレてしばらくやらせねぇからなと宣言したとディーノの間でちょっとしたいざこざがあったとか。それでも結局はディーノの粘り勝ちで押し切られてしまったということをロマーリオから呆れ口調で聞かされたは、あららご愁傷様とくすくす笑った。 背中にご注意
雲雀と嬢がナチュラルにいちゃついてます。はもう慣れっこ。 2008.02.15
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