が並盛中学校に転入した翌日。
二人揃って教室に入った瞬間、クラスメイトたちはほとんど全員のけぞるようにして一歩引いた。
‥‥結構傷つくぞ、おい。



「あ、おはよう。珍しいね、朝からいるなんて。初めてじゃない?」
「‥‥まぁな。兄貴とこいつと一緒に来たからな」
「え、ヒバリさんと!?」
クラスメイト達が一歩も近づいてこないどころかおはようの挨拶さえもしてこない中、沢田綱吉だけはいつも通りに挨拶をした。何しろ彼はいろいろなことがあって雲雀に対してもある程度の免疫があるのだ。昨日の騒ぎはたしかに驚いたが、だからといって声をかけない理由にはならなかった。これがこいつのいいところだよなぁ、とは思う。まぁ、この順応能力の高さは単純にボンゴレファミリーの十代目に指名されてしまったが故の悲しい性なのかもしれないが。
今日は山本と獄寺の姿が見えなかった。聞けば、山本は野球部の方に、獄寺は体調不良のためあとから来るそうだ。
と親しげに言葉をかわす綱吉を、はじっと見つめていた。その視線に気付いたが、ああそういやこいつまだツナのこと知らないんだっけと思い出して、ちょいちょいと手招きする。
「紹介するぜ、ツナ。こいつが。俺の幼馴染みで親友で、知っての通り兄貴の彼女だ」
「初めまして、沢田綱吉です。えっと、さん?」
「呼び捨てでいいわよ。私もそうしていいかしら。よろしく」
猫かぶりはもうとっくにやめているが素の表情でにっこりと笑う。やはり外国人の血のせいだろうか、実年齢よりも大人びた、艶のある笑み。昨日のも綺麗だったけど、素の笑顔の方が魅力的だなぁと綱吉は思った。と、そこでふと気付く。彼女は今、何故か学ランを羽織っていた。一応それについても聞いてみようとしたツナだったが、しかしその後に続けられた言葉にそんな思考は吹っ飛んだ。
「ボンゴレ十代目に会えて光栄だわ」
「ってやっぱりまたマフィアーーーーっ!?」
「当たり前だろ、こいつは俺をそっちの世界に引きずり込んだ張本人なんだから」
当然のようにが言う。
オレの人生って‥‥。ツナが沈みかけたとき、教室の扉が勢いよく開いた。入ってきたのはアッシュグレーの髪を持つ、目つきの悪い少年。少々顔色の悪い彼は、それでも綱吉の姿を見つけると笑顔で走り寄ってきた。が、ツナの前にいる人物に気付いて驚愕に目を見開く。次の瞬間、彼は両手にダイナマイトを装備した。
「なんっでてめぇがここにいる!?」
その瞬間、クラス中にどよめきが走った。え、何、獄寺とも知り合いなの? 囁きの波は静かに教室中を駆けめぐる。
はにっこりと笑いかけた。
「久しぶりね、隼人。私がここにいちゃいけないかしら?」
「ったりめーだ! だいたいテメェはトキワ‥‥げふっ」
最後まで言い終わる前には素速く一枚の写真を獄寺の眼前に突きつけた。映っているのはアップのビアンキの顔。腹をおさえて獄寺は崩れ落ちた。昨日拉致られた際のダメージが完全には抜けきっていない彼には刺激が強すぎたらしく、ぴくぴくと痙攣している。は鼻で笑った。
「それ以上大声で叫んでごらんなさい、ビアンキに毎日あなたの弁当を作るように頼んであげるわよ。それとも毎日の送り迎えの方がいいかしら?」
ふふふ、と微笑む。怖い。ツナは素直にそう思った。隣ではがうんざりした顔をしている。とビアンキは、仕事仲間として実は結構仲が良かったりする。その繋がりで獄寺とも顔見知りであった。最もと獄寺は会ったことがなかったので、この並中で出会うまでは獄寺の顔と名前しか知らなかったし、獄寺に至ってはの通り名である黒猫しか知らなかった。話ではよくが獄寺をからかっているらしいと聞いていたが、実際に見てみるとこれはいじめだと思った。悪いな、獄寺。運が悪かったと思って諦めてくれ。
と、再び教室の扉が開いた。今度入ってきたのは山本だった。運動後らしく額にうっすらと汗をかいている。よ!と片手をあげ、明るい笑顔で挨拶をした。の姿を見つけると、こちらも同様におはよと言う。そこにはなんのためらいもなかった。
「昨日はまともに挨拶できなかったからなー。俺は山本武。よろしくな、さん」
でいいわ。よろしくね」
倒れ伏している獄寺は綺麗さっぱり無視された。一応山本がどうしたんだこいつと聞くが、すぐさまが寝不足なんですってと答えると納得したらしい。床で寝ると体痛くなるぞーと心配そうに声をかけ、しかし結局放置した。
「ん? 、なんで学ラン羽織ってんだ?」
そういえば、とツナもの学ランをじっくりと見た。さっきは聞きそびれてしまったが、まだ理由を聞いていない。いや、聞かなくてもわかるような気がするのだが、というかなんとなくわかるのだが、一応聞いておいた方がいいだろう。
はああこれ?と袖をちょっとつまんだ。彼女が羽織っている学ランは彼女の身体よりも少し大きくて、なんというか、男物の服を見た女性に興奮する趣味のあるそっち系の男の欲を誘うものがある。しかしこの学校で雲雀恭弥のことを知っている生徒達にとっては恐怖をあおるもの以外の何物でもなかった。気のせいだと思いたいが、彼女が羽織っている制服は、いくらか着古された感じといい腕章に書かれている風紀委員長の文字といい、彼らが日頃恐れている風紀委員長殿のお古のような気がしてならないのである。
案の定彼女は笑って言った。
「恭弥がね、風紀委員の証だから着てろって。でも昨日急に来たでしょ、私のサイズに合うものがなかったから、恭弥の予備のをもらったの」
ほら、風紀委員ってみんな背が高くて、身体も大きいでしょ? 恭弥のが一番小さいサイズなんだけど、それでもまだ少し大きくて。
ああやっぱり。クラスメイトの視線がどこか遠くへと飛んでいくのを、ツナはしっかりと見た。気持ちはわかる。しかし、黒い学ランは恐怖の代名詞にもかかわらず彼女にとてもよく似合っていた。白い肌と青銀の髪が漆黒の生地に映えて絶妙なコントラストを生み出し、加えて唇の赤が加わればまさに完璧な色彩だった。きっと彼女には黒が一番よく似合うのだろう。
一方のは、さりげなく冷静にの学ラン観察をしている綱吉よりもさらに一歩下がった位置で、もうどうにでもなれという心境で完全に傍観者に徹していた。彼は兄が恋人に自分の学ランを譲った理由を正確に知っている。サイズが無かったというのはただの口実だ。兄は結構独占欲が強い。だから、これは牽制。僕のものだという見せつけ。まぁ、中身を知ってしまえばこの青い悪魔に惚れるなんていう命知らずの馬鹿はいないはずだが、昨日下手に男子どもを煽ってしまったものだからこうでもしないと気がすまなかったらしい。しかしはそれに気付いていない。そういうところだけは鈍い。
頼むから察してやってくれと、心の底から思った。





昼休み。
野球部があるからと飛んでいってしまった山本がいないため、ツナと獄寺は二人で昼食を食べていた。
も誘ったのだが、風紀委員長様と食べる約束をしたからと二人とも応接室へ行ってしまった。まぁ、そうだろうと思う。休み時間にちらりと見かけた雲雀の背中はどこか機嫌よさげだった。風紀委員達に早くも“お嬢”と呼ばれていたも、たいそうご機嫌だった。反比例するようにはやけにぐったりとしていた。大丈夫だろうか。
獄寺はというと、昨日のダメージと今朝のダメージのダブルパンチで空気が暗い。しかしツナにはどうしても聞きたいことがあった。幸い今は山本もいないし、堂々とマフィア関係の話をだしても全く問題はない。いや、そもそもマフィア関係の話を出すこと自体が問題だったりするのだが、赤ん坊の家庭教師がきてからというもののすっかり感覚が麻痺してしまった綱吉はたいして気にしなかった。
「ねぇ、獄寺くん」
「なんでしょう十代目」
「『青い鳥』って知ってる?」
「‥‥ええ、まぁ」
大好きな十代目に問われ、獄寺はしぶしぶ頷いた。知っている。知ってはいるが、今はあまりその話はしたくなかった。今朝のことを思い出すだけで腹痛がぶり返しそうだ。
の話をしたらあいつは青い鳥だぞってリボーンが言ってたんだ。また獄寺くんに聞けって。もマフィアなんだよね?」
確認するような問い。獄寺は腹をくくった。仕方ない、己の腹の心配よりも十代目の疑問解決の方が優先順位は上だ。それにあのリボーンが、また自分に聞けと言っていたのである。期待を裏切るわけにはいかなかった。
「青い鳥っていうのはコードネームですよ。彼女は父親がボスであるファミリーの幹部の一角を務めています。彼女のファミリーでは幹部にコードネームをつけるのが慣例なのですが、大抵はそれがそのまま通り名になっているんです。の黒猫もそうですよ」
「ええっってボスの娘なの!?」
確かに彼女には人の上に立つ者のオーラがあった。そういう星のもとに生まれたなどという陳腐な表現が浮かぶ。そうか、そうなのか。なるほど。
「娘といっても跡を継ぐのは彼女の兄なので、彼女自身は比較的自由に動いているようですけど。青い鳥は優秀な殺し屋でもあります。もちろん殺しが専門というわけではありませんが、黒猫はその相棒として名が知れていました」
獄寺自身も、青い鳥と黒猫に関してはそんなに詳しく知っているわけではない。姉のビアンキがどういうわけかと知り合いだったから本人とも顔見知りであるし多少の知識は持っているが、それだけだ。
少ない情報だが、ツナはへーだのほーだの言いながらしきりに頷いていた。どうやら満足してくれたらしく、獄寺もほっとする。‥‥過去にから受けた姉の愛情を利用したからかいもといいじめの数々を思い出してしまい少々腹が痛んだが、倒れるほどではない。そう、に関して、獄寺は全くといっていいほど良い思い出がなかった。自分が食べるのが嫌だからといってビアンキの手料理を上手く自分に押しつけ、ときにはポイズンクッキング作成にどうやってか荷担し、それはもう散々な目に遭った。思い出すだけできゅるきゅると腹にくる。もう考えるのはやめよう。
「それにしてもびっくりだな、ヒバリさんとが恋人同士なんて」
「‥‥え?」
獄寺は我が耳を疑った。ヒバリと、が、何だって?
昨日一日を姉に拉致られていた獄寺は雲雀とが恋人であることを知らなかった。この情報は昨日のうちに並中中に広がっていたが、それ以来恐ろしくて誰も話題にしていない。おまけに今朝は早々にビアンキの写真をみて倒れたため、が学ランを羽織っている理由も知らなかった。それに気付いたツナはそっかと言って昨日起こった出来事の概要を説明する。細かいところは省略したが、について予備知識のある彼はすぐさま事態が飲み込めたらしい。しばらく絶句していた。
「なんつーか‥‥世界が崩壊しそうな組み合わせですね‥‥」
「だよねぇ」
その間に挟まれているが少々憐れだった。どうやら彼はには逆らわないスタンスらしく、今朝からずっと一歩引いた位置にいた。の方も特に気にしているふうでもないので、これがあの二人の距離感らしい。
「あいつも意外と苦労人なんですね‥‥」
「‥‥うん、そうだね」
は他ファミリーの優秀な殺し屋だ。だから獄寺は黒猫の存在を認知した瞬間から彼に対して警戒心を解かない態度をとり続けてきたのだが、これからはもう少し考えることにしようと思った。
だって、なんだかかわいそうだ。

02:学ランの理由

学ランを着せてみた。彼女に一番似合うのは黒。雲雀さん大満足。
2007.12.14