「おかえり、。ボスも帰ってきてるぜ」
「早ぇな。もっと遅いかと思ったのに」
「お前に会いたくてさっさと済ましてきたんだと。なのにお前まだ帰ってきてなかったろ? ちょっと不機嫌だぜ」
「うーわー。真面目に委員会の仕事手伝ってただけなのに」
「ま、頑張れや」
今朝起こしてくれた部下とそんな会話を交わしてからディーノの私室へと向かう。
途中、会う部下全員から頑張れと言葉をかけられた。どうやら仕事先で不愉快なことがあったらしく、ディーノの機嫌はそんなによろしくないらしい。さすがに二十歳をすぎた男が、しかもこのキャバッローネファミリーを束ねるボスが不機嫌を丸出しにしたり部下にあたったりということはないのだが、の前でだけは別だった。としても、まあ溜め込むよりは誰かの前で発散した方がいいんじゃねと考えているからいいのだが、しかし、部下達全員の間に流れる“不機嫌なボスにはを与えれば問題なし”という合い言葉はどうにかしてほしい。なんか悲しくなる。
「帰ったか。それでな、悪いんだが‥‥」
「もう聞いた。ご機嫌斜めなんだろ?」
「ああ。ギャンザファミリーのやつらが馬鹿やりやがってな」
ディーノの私室の扉の前でロマーリオに会った。済まなそうに言う彼に、は小さく肩をすくめてみせる。
ディーノは民を大切にしないマフィアが大嫌いだ。確かギャンザファミリーと言えばディーノの嫌いなマフィア像そのものを体現しているようなファミリーだったと記憶している。まぁ、やつらはキャバッローネだけでなくセイカのファミリーにも喧嘩売ってたらしいから、近いうちに消えるだろう。そのときに俺が引っ張り出されなきゃいいけど。
「ま、なんとかするよ。つーわけでできればしばらく部屋覗かないでな。何見てもしらねーぞ」
「‥‥その趣味はねぇよ。つーか。俺はいつも思うんだがな」
「あーはいはい言いたいことはわかってるって。でもなぁ、別に俺は気にしてないからいいんじゃねぇの」
「ボスは二十歳を超えた大人で、お前はまだ十代半ばの子供だってことを忘れんなよ」
「へいへい」
不機嫌なディーノ、そして俺。この組み合わせで何が起きるかは想像に難くないロマーリオは、一応大人として止めようとする。でもなぁ、俺はほんとに気にしてねぇんだって。第一俺、男だし。確かに八歳という年の差を考えれば、ぶっちゃけこれは犯罪だろう。しかも俺中学生だし。でもなぁ、裏の世界じゃこれくらい普通じゃね?
扉を開ければ、まぁ、決して機嫌の良くはないオーラが充満していた。完璧にいらついてるってわけじゃねえが、胸くそわりぃもんを見ちまった、ってな感じの不機嫌さ。まぁこの程度ならいいか。
「ディーノ。帰ったぜ」
「遅い」
文句を言われた。そういや昨夜に今日の予定を聞かれたとき、なんもないから早く帰れるかもと言ったような記憶がある。いやだって仕方ねぇじゃん、巡回手伝ってたら群れが大量に現れて兄貴は飛んでっちまったし、俺もそれに付き合わされたし。帰りはリボーンに会っておごらされたし。それで学校から徒歩で帰ってきたんだぜ。そこはお疲れとか言うべきなんじゃねえの。
あーでも携帯に連絡入れれば済む話か。説明もめんどうだ。うん、ここは大人しく怒られておこう。
「‥‥委員会の仕事手伝ってたんだって」
鞄を放り投げて、ソファに腰がけているディーノのもとへと向かう。いつも通りの、マフィアらしくないラフな格好。左腕にあるキャバッローネファミリーのボスの証である入れ墨が、一見どこにでもいそうな青年風のディーノが決してカタギではないことを主張している。
まずは軽くかがんで唇にキス。それで多少、機嫌が直ったらしい。そのまま腰に腕をまわしてきた。俺はディーノの足の間に膝をついて身体を支える。ちょ、この体勢ちょっときつい。
「あのなぁ、ボスがそんなに簡単に不機嫌になってんじゃねぇよ。部下どもが揺れるだろ」
「別に不機嫌にはなってねぇよ」
「じゃなんだ」
ソファに片膝をついてディーノに正面から抱きつくような体勢。ソファの背に手をついてディーノの顔をのぞきみると、からかうような瞳とぶつかった。
あ、これもしかして。
「ディーノ。不機嫌っての、嘘だな?」
ごつ、と額をぶつけてやれば、そのまま舌で唇を舐められた。どうみたって不機嫌などではない。
「いや、ギャンザファミリーのおかげで不愉快ではあったぜ」
「嘘つけ。てめぇこんなにもご機嫌じゃねーか。俺をさっさと部屋に呼び出すための口実だろ」
ディーノは口元だけで笑った。
ああくそ、見事にはめられた。つーかこいつなんでこんなに機嫌いいんだよちくしょう。
「いや、な。さっきから電話があってな」
「あいつから?」
「そ。まぁ用件は向こうのファミリーとのちょっとした確認みたいなもんだったんだがな。俺があんまりをこき使うなよって言ったらしばらくは呼び出すような仕事もないし、好きなだけ独占してていいわよって言ったんだ」
‥‥あの悪魔め! くそ、次会ったら不機嫌絶頂の兄貴を送り込んでやる。何が好きなだけ独占してていいよだ。実際は好きなだけ抱いてればっつたに違いない。
「ディーノ。あいつの言葉は正確に言え。独占じゃなくて抱いてろだろ」
「いや、時差ボケが治るように昼夜かまわず抱いてれば、だ」
「あのアマ!」
ディーノは声をたてて笑った。顔をうずめた肩口から、くつくつと振動が伝わってくる。ああくそえらい上機嫌だな。不機嫌なディーノは強引で困りものだが、ここまで上機嫌なディーノは止まらないから厄介なのだ。
「あーもう好きにしろよ。どうせ夜眠れねぇのは事実だし」
「もうちょっと愛のあること言わねぇ?」
「あのなぁ。男の俺が野郎に抱かれてやってんだからそんくらい察しろよ」
愛してなきゃ抱かれねぇよ、言外にそう言ってやればふとディーノは黙り込んだ。その沈黙はなんだ。顔をみようにも、肩口にうずめられているから全く見えない。俺の腰にまわされた腕にぐっと力がこもった。
「‥‥。今の台詞、きた。やばい」
「そっちかよ!?」
煽るつもりで言ったんじゃねぇっての! 相変わらずこいつのツボはよくわかんねぇ。
ディーノは顔をあげた。下から覗き込むようにして、キス。はじめはついばむように、やがて深く。ねっとりと舌が絡みつく。こいつはキスが上手い。どちらともなく熱があがる。
息があがってきて、一度離れた。ディーノの顔を見る。熱のこもった瞳。ああくそ、やっぱコイツ好きだな、なんて確認してしまう。いや、もう今更か。
俺はソファの背を押して離れようとした。ディーノの腕はあっさりと離れ、二人とも立ち上がる。それなりに身長のある男二人が転がるにはソファは狭い。ついでに汚れる。だから、やるならベッドで。それはいつの間にかできた暗黙の了解だ。
数センチぶんだけ高いディーノから唇が降ってきて、俺の身体はシーツに沈んだ。


04:屋敷に帰ったら

一応、第一話、第二話と同じ日のつもり。第三話が一日目と二日目を混ぜた構成なのでよくわからなくなってますが、気にしないでください。

2007.12.09