ボンゴレ十代目の家庭教師であるリボーンは、ツナのファミリー候補を探してよく並盛市内を散歩している。
いつも通りに塀の上を歩いていると、前方に見慣れた黒髪を見つけて立ち止まった。学ランを着こなしているその後ろ姿が誰であるかを確認すると、愛銃を取り出し狙いを定める。
一拍後、パン、と乾いた音が響いた。





沢田綱吉は、兄弟子でキャバッローネファミリーの10代目ボスである跳ね馬ディーノを尊敬している。部下がいないとへなちょこっぷりを発揮する彼だが、部下の前となると頼もしく、この上なくかっこいいのだ。彼のペットであるエンツィオに迷惑をかけられたりもしたが、それくらい些細なことだ。
「ねぇ、リボーン。ディーノさんってなんであんなに日本語できるんだろ。日本ってそんに重要な国だっけ?」
自分の部屋でくつろいでいたツナは、ふとそんなことをリボーンに聞いてみた。
よくよく考えてみればイタリア人であるディーノはとても日本語が達者で、彼だけでなく部下の人たちも上手いのである。世界共通語である英語ならともかく、こんな小さな島国でしか通じない言葉をなぜああも完璧にマスターしているのか。
エスプレッソを飲んでいたリボーンは、そうだな、と一拍置いてから口を開いた。
「あいつの恋人が日本人だからな。よく日本にくるのもそのせいだぞ」
「えっ! ディーノさんって彼女いるの!?」
ツナは驚いた。
確かに、ディーノは顔も中身もかっこいい。(部下さえいれば)実力もあるし、権力もある。
女たちが放っておくはずがないのだ。
「やっぱり美人なんだろうなぁ、彼女さん」
「違うぞツナ。彼女じゃなくて彼氏だ。美人というよりは男前だぞ」
「へ?」
リボーンの言葉にツナは目を丸くした。なんだって?
「女じゃなくて男だ、男。ゲイってわけじゃないが、あいつは両刀だからな」
「ええ!?」
「ついでに言えば、お前も知っている人物だ。クラスメイトだぞ」
「えぇぇぇえ!?」
っつーか、またマフィアかよ!?オレの周りって多すぎない!?
頭を抱えてうめく綱吉に、リボーンはにやりと笑った。




昼休み。
ツナ、山本、獄寺は屋上へでて昼食を食べていた。
敬愛する十代目の前に座った獄寺は、焼きそばパンをほおばりながらちらりと視線を綱吉へと向けた。
どうにも朝から視線を感じているのだ。
何かを言おうとして、しかしためらってやめる――そんな感じ。
見れば、ツナは何か考え事をしているような顔で、あまり食も進んでいないようである。
「‥‥あ、やべ、オレ先生に呼ばれてたんだった。ちょっと行ってくるな」
いち早く食べ終わった山本がそう言って立ち上がった。
もしかしたら昼休みいっぱい帰ってこないかもと言って屋上を後にする。
十代目と二人っきり、悩み事だったらここでオレがばーんと解決すれば十代目の信頼ゲット!
なんとも微笑ましい希望を胸に、彼は思いきって聞いてみた。
「どーしたんすか、十代目。何か悩み事ですか?」
「う‥‥ん、悩み事というか‥‥」
ツナの答えはなんとも歯切れが悪かった。
これは相当に深刻な悩みに違いないと踏んで、獄寺は舞い上がる。
頑張れオレ、オレは十代目の右腕なんだから!
一人盛り上がる獄寺に全く気づかないまま、ツナはしばらく逡巡した後意を決したように顔をあげた。
「あのね。獄寺くん」
「なんでしょう十代目!」
「黒猫って知ってる?」
「‥‥黒猫、ですか?」
意気込んでいた獄寺はちょっと滑った。よっぽど重大なことかと思っていたのに、黒猫。
「昨日、リボーンがね。うちのクラスに黒猫がいるって言うんだ。なんだそれって言ったら獄寺くんに聞けって。知ってる?」
う、と獄寺はつまった。まずい、皆目検討がつかない。なんだそれは。
しかしリボーンが自分に聞けと言ったからには、おそらく知っているはずなのだ。
考えろ、思い出せオレ。黒猫、黒い猫‥‥クラスメイトの誰か。ということは、人。‥‥人?
――いた。確かに、いた。人の黒猫。だが、それは。
「十代目。どんな流れでその話になったんです?」
「え? えっと、それは、ちょっと‥‥言いにくいんだけど」
言いにくい。
ということは、まさか、十代目の身に何かがあったってことか!?
獄寺の頭に浮かんだ『黒猫』は、そういう類の人物だ。
焦った。オレがそばにいながら十代目に身の危険が――。
「あのですね、十代目。黒猫ってのは――」
「あ、いたいた、沢田。やっと見つけたぜ」
「‥‥あ。雲雀くん」
焦る獄寺の言葉を遮って現れたのは、クラスメイトの雲雀だった。
彼は獄寺が来るまでは常に学年トップの成績だったようだが、獄寺が来てからは二位になった。とはいっても一点か二点の差で、獄寺が少し気を抜けば、あるいはが少し頑張れば容易にひっくり返る点差である。
しかしの方は全く気にしていないようで、別に対抗意識を燃やしたりなどはしないようだった。
よくわからない男だ。
「どうしたの、雲雀くん。オレに声かけるって珍しいね」
「というか初めてだな。ああ違うか、昨日のレポートのときが初めてか」
「そういえばそうだね」
俺いつも授業でないしなぁ。はそう言って、先ほどまで山本がいた位置に腰を下ろした。
と、そこでようやく獄寺の存在に気づいたらしい。
十代目と二人っきりの時間を邪魔されて殺気の籠もった瞳で睨みつけてくる獄寺に、しかしは余裕の表情を浮かべた。
「てめぇ、風紀委員がなんの用だ」
「まぁそんなに殺気だつなってスモーキン・ボムの獄寺隼人。十代目に良いとこ見せたいんなら常に冷静でいなくちゃな」
「な‥‥っ!?」
「雲雀くん獄寺くんのこと知ってるの!?」
裏社会でしか通じない通り名で呼ばれ、しかも綱吉のことを十代目と呼んだに獄寺は一瞬にして警戒を強めた。
「てめぇ、何者だ?」
すっと指先がダイナマイトへとのびる。いつでも十代目を守れるように。
しかしは明らかにおもしろがっていた。混乱しているツナと、警戒して戦闘態勢になっている獄寺。視線を獄寺のダイナマイトへ向け、それからツナのはてなマークでいっぱいになった顔を見比べる。そして、からかいの光を宿した漆黒の瞳でツナのまあるくなった瞳をのぞき込み――、ふっと口元をゆるめた。
「お前らがさっき話してただろ? 黒い猫の話をさ。――初めましてボンゴレ十代目、俺は雲雀。通称『黒猫』の、だ」
今度ともお見知りおきを。
言って、男前に、笑った。




「てことはえーと、リボーンが言ってた黒猫は雲雀くんで、雲雀くんはリボーンとも知り合いってこと?」
でいいよ。雲雀だと兄貴と混ざるだろ。まぁだいたいそーゆーとこだな」
「つーかなんで黒猫がこんなとこにいるんだよ。黒猫っつったら神出鬼没、どこに住んでんのか情報屋だって掴めない殺し屋だろ」
「え、って殺し屋なの!?」
「一応。俺の居場所が知られてないってのはちょっと古い情報だぜ獄寺。俺は今キャバッローネにいるからな」
「はぁ? あのへなちょこ野郎のところにか?」
「へなちょこ、ね。ディーノのやつもお前にまで言われちゃ終わりだよなぁ」
はくつくつと喉の奥で笑った。低くてゆったりとした良い声だ。
ディーノ、その名前がでてきて、ツナははっと思い出した。
そうだ、リボーンに黒猫の名前を聞いたのはディーノのことについてだったのだ。
でも、とためらう。
果たしてこれは、直接本人に聞いてもいいことなのだろうか‥‥。
「で、なんで俺の話になってたんだ?」
「そうっすよ十代目、なんでコイツなんかの話になったんすか?」
ちょうど悩んでいることをずばり聞かれてツナはうろたえた。
どうしようと視線をさまよわせていると、そんなツナの表情を観察していたが何かに気づいたのかあーと声をあげた。
リボーンのやつ、あれ言ったのか?
いささかざんばらに切られた短めの前髪をくしゃりとかき上げたの呟きに、ツナの肩がびくりと跳ねる。
まさか、気づいた‥‥?
「いや、あの、ディーノさんってなんで日本語あんなに上手いのかなって話してて」
慌てて取り繕うように言うも、逆効果だった。
この質問に対するリボーンの答えが、恋人が日本人だから、なのだ。
自分の発言のミスに気づいたツナの顔色が青くなる。
は仕方ねぇなあ、と苦笑した。
「まぁ、まっとうな疑問だよな」
「ちょっと待て、話が全然みえねぇ。どーいうことだ」
さっぱり流れがわからない獄寺が割って入った。
第三者の存在を思い出したツナがまたも青くなる。しまった、獄寺くんのことを忘れてた!
「ん? ああ、つまりな」
しかしツナが止める前にはもう話す体勢になっていた。
あぐらをかいた膝の片方に肘をのせて頬杖をついて、語る気満々である。
ぎゃーちょっと待って
ツナの叫びは届かなかった。
「ディーノだけじゃなくキャバッローネの幹部の多くが日本語上手いのは、俺がディーノの恋人だから。まぁ、立場的には愛人っつた方が正しいんだが」
ディーノは、愛人って言うのは嫌がるからさ。
にっと唇の端をつり上げて笑う。
言っちゃった‥‥とがっくりうなだれるツナ、言われた言葉が理解できなくてぽかんと口を開けている獄寺。
「‥‥はぁぁぁあ!?」
一拍後響いた獄寺の絶叫と、期待通りの反応に満足げなの笑い声が、昼休み終了を告げるチャイムと共に屋上に木霊した。






キン、と金属音がしてリボーンの弾がはじかれた。
続けて二発目、三発目も綺麗に弾かれ、それどころかナイフが飛んでくる。
「あっぶねぇなぁ」
それなりのスピードだが殺気がまるでこもっていない、つまりはリボーンが彼に向けて撃ったのと同じように挨拶として投げられたナイフをたたき落として、リボーンは塀を飛び降りた。
「町中で発砲は物騒だぞ。久しぶりの挨拶なんだからもっとソフトにいかね? リボーン」
「そういうお前は相変わらずのいい加減ぶりだな、
「そりゃどうも」
リボーンが拾い上げたナイフを受け取って、は――雲雀は、がしがしと乱暴にリボーンの頭をなでた。




商店街にある喫茶店。
旨いエスプレッソの店はねーのかと聞かれてとりあえずリボーンの舌を満足させられそうな店に連れてきたは、普段そこまで変わらないリボーンの表情のわずかな変化を読み取ってほっとした。どうやらここのエスプレッソはお口にあったらしい。
が頼んだのはブラックだ。それも特別に苦い、常連客であるのみのスペシャルブラック。別に苦いものが好きなわけではないのだが、コーヒーだけはブラックが好きだった。
リボーンとは、ディーノを通して知り合った。何しろディーノは最近までリボーンに指導を受けていたのだ。は我関せずを通したかったが、この黄色いおしゃぶりを持つアルコバレーノは見逃してくれなかった。の姿が見えるたびについでにお前も鍛えてやると発砲してきたのだ。しかも、ディーノと二人きりでいてもおかまいなし。はそこまで気にしていなかったが、しかしディーノは邪魔をされるとそれなりに不機嫌になった。結果、不機嫌なディーノを誰がなだめるかといえば恋人であるにその役目は回ってくるし、不機嫌なディーノは意外と強引になってくる。つまりはまぁ、夜が大変なのだ。後は皆様のご想像にお任せしよう。
はディーノがリボーンから受けた授業、つまり特訓の日々を思い出した。そういえば、今はボンゴレの十代目のカテキョになったんだったか。少しだけそのボンゴレ十代目に同情するである。
顔も名前すらも知らないが、頑張れ。
「ボンゴレの十代目育ててるんだろ? 日本にいるのか」
「知らなかったのか?」
「別に俺は関係ねーしな。ああでもそういやディーノがそんなこと言ってたような気がする」
「どうせ寝ぼけた頭で聞いたんだろ。ついでに言えばお前は関係なくはねーんだぞ」
「なんで」
ボンゴレの十代目と自分が無関係ではないと言われての眉間にしわがよる。
確かにボンゴレとキャバッローネは同盟関係にあるし、ディーノは九代目にだいぶ世話になったらしい。幼なじみのも、ボンゴレとは独自の繋がりがあるようだがそれだけだ。特殊暗殺部隊のヴァリアーとも、顔を合わせれば自分の剣の腕が上がったかどうかを確認したがる困った鮫がいたりするが、直接的な関係はどこにもないはずである。
「つーかそもそもボンゴレ十代目って誰」
「沢田綱吉。家光の息子だ」
「はぁあ?」
うっかりカップを落としそうになった。危ない、危ない。
沢田綱吉。
確かにその人物が今自分の頭の中に浮かんでいる沢田綱吉と同じ人物ならば無関係というわけでもないと言えるかもしれないが、しかし。
しかしだ。
「沢田綱吉って、あのダメツナかぁ?」
「そうだぞ。あのダメツナだ」
「俺あんま学校いってねーからクラスメイトってだけでそんなに接点ないけどよ。あいつそんな素質あったっけ?」
人を見る目というものを多少は持っている自覚はあるが、しかし沢田綱吉だけはどうにも意外だった。
というか完全にノーマークだった。
山本武あたりはなかなかに見込みがありそうだとは思っていたが、沢田綱吉。
うん、全く気にかけていなかった。
「獄寺が転入した時点で気づけ」
「獄寺? あー、ビアンキの弟? スモーキン・ボムの? ‥‥そういや沢田と一緒にいたっけな」
なにしろレポートをツナに預けたときは眠気の絶頂だったのだ。あの後、午後は兄が巡回に行くよと起こすまでずっと応接室で寝てたのである。いちいちモブまで気にしていなかった。
「だいたい俺獄寺見たの今日が初めてだぞ。眠かったからな、気づかなかった」
「また時差ぼけか」
「そう時差ぼけ。どっかの青い鳥がこき使ってくれちゃったからな。青い鳥っつったら普通幸せを運んでくるんだろ。どこが幸せだ。どうみたって不幸の鳥だろ」
リボーンが相手なのを良いことに、はぶつぶつと文句を言った。
青い鳥――それは、の幼なじみであるの通り名だ。
彼女のファミリーでは、幹部クラスにはそれぞれコードネームがある。それがそのまま通り名として定着することも多く、『青い鳥』ももとはのコードネームだった。
ついでに言えばの『黒猫』もコードネームで、これはの仕事を付きあうときに使う名だ。なぜ黒猫かと言えば、の青い鳥の青は彼女の長く青い髪からとったものだから、じゃあ俺は黒髪だから黒でいいやという単純な理由だった。そして、それを聞いたが「黒っていったら猫よね」と続け、黒猫と命名されたのである。なんとも安易だが、は結構気に入っていた。いっそ携帯の着信も黒猫のタ○ゴにしてみようか。
は幼なじみで親友で相棒だが、しかし常に主導権はにある。というか、面倒くさがってが常にに流されているのである。幼い頃に誘拐された先で初めて会ったときからそうだった。たまにからかうこともあるが、後が怖いためそれは希だ。
そんなわけでには逆らわないと決めているは、が仕事を手伝えと呼び出せばすぐに飛んでいく。一ヶ月に一回は呼び出されるので、イタリアと日本の間にある時という壁、時差ぼけが一向に治らないのだった。まぁ、治らないというよりは、仕事中に眠くなるのが困るからという理由でいつ呼び出されてもいいようにわざとイタリアの時間に体を合わせているのだが。だから日本では常に昼夜逆転状態にあって昼間は眠くてたまらないから、学校は睡眠の場となっている。
「いいのかオレにそんなこと言って。ちくったら死ぬぞ」
「いいんだよ、これは本人が言ってたんだから。青い鳥なのに幸せは運ばないっつーとこが気に入ってるんだと。いっそ青い悪魔でも良かったんじゃねーの」
それこそ本人に聞かれたら殴られそうなことを言ってはテーブルに突っ伏した。あれ、俺ってもしかして結構かわいそうなやつ?などと考えてしまって、やるせない気分になる。いや、いい。もう慣れた。
「まぁ、とにかくそういうことだ。ツナも獄寺もまだお前には気づいてないみたいだからな、声かけるくらいしといたらどーだ」
「んー、まぁ、そうだな。せっかくクラス同じだし、自己紹介くらいはしておくか」




『‥‥ろねこって知ってる?』
『‥‥黒猫、ですか?』
『昨日、リボーンがね。うちのクラスに黒猫がいるって言うんだ。なんだそれって言ったら獄寺くんに聞けって。知ってる?』
翌日、ボンゴレの十代目と自称その右腕を探していたは、聞こえてきたその会話にぴたりと足を止めた。彼は兄同様にひどく耳が良い。が今いるのは屋上へと続く階段の半ばで、しかも扉は閉まった状態であったがしっかりと聞こえた。
「あー、なんか、タイミング良いなぁ」
足音を立てずに、気配も殺して屋上の扉の前へ立つ。会話はとぎれることなくはっきりと聞こえた。どうやら獄寺は自分の存在に気づいていないらしい。
「ここは気づかなくちゃ駄目だろ。これがもし仕事だったらお前ら二人とも間違いなく瞬殺できるぜ」
いくらスモーキン・ボムといえど裏社会ではそこまで強いというわけではない。は上位の実力者にも数えられることもあるが、獄寺レベルであればどこのファミリーにでもいるのだ。
「ボンゴレっつー巨大組織のボスの右腕になりてぇんだったらもっと強くならねぇとな」
『あのですね、十代目。黒猫ってのは――』
ナイスタイミングその台詞を待ってたぜと心の中で呟いて――、

は屋上の扉を開けた。

03:改めまして

時間軸がものすごく面倒なことになって、ちょっといろいろボロがあるのですがそこはさらっとスルー希望。自分でもよくわからなくなってきた‥‥。

2007.12.09