「沢田ー、お前、レポート集めて職員室へ持ってきてくれ」
四時間目終了のチャイムが鳴り響いた後。
先日、好きな国についてテーマを自分で決めてレポートを出せといった社会科の教師は、断る暇を与えずにそれだけ言ってさっさと教室を出て行った。
なんでオレが‥‥と肩を落としながらも、仕方がないので集めるから出してーとクラスメイトに声をかけていく。
「あのクソ教師、十代目にこんなくだらねぇことさせやがって!」
「まーまー落ちつけって獄寺。オレたちも手伝ってやるよ、ツナ」
「ありがとう、山本」
げー、忘れた!などと騒ぐ数名の悲鳴をBGMに、ツナ達はそれなりに手際よくレポートを集めていった。あとは主席簿順に並べて職員室へ持って行くだけだ。
一番から順に並べ直していると、ハ行へ来たところで一人名前が抜けていた。
これは、確か。
手を止めてじっと名簿を見つめる。
そんなツナの手元を横から覗いた獄寺は、その名前を見つけるとああコイツかとすぐに首を引っ込めた。
「彼って今日は休みだっけ?」
「今日も、でしょう十代目」
「でもあいつ提出物はいつもまじめに出してなかったっけか。成績も獄寺がくるまでは学年トップだったし」
「え、そんなに頭良いの?」
山本の言葉に綱吉は驚いた。彼ってそんなに頭良かったんだ。知らなかった。
何しろ彼はいろいろと問題のある生徒なのである。
いや、正確には彼と彼の兄のセットで、と言ったほうが正しいのかもしれないが。
しかしどうやら風の噂では彼の兄の成績も結構良いらしい。
ブレザーが正規の制服であるはずの並盛中の中で漆黒の学ランをこの上なく完璧に着こなしている兄弟の姿を思い浮かべて、綱吉は成績優秀という言葉はあんまり似合わないけど似合うなぁ、と自分でもよくわからないことを考えていた。
と。
ガラ、と音を立てて教室の扉が開かれる。入ってきた学ランを認識した瞬間、昼休みでにぎわっていた教室が一瞬にして静まりかえった。
ネクタイもブレザーも着ず、ワイシャツの上に学ランを羽織ったその人物は、すらりとしたたくましい体躯と精悍な顔立ちもあいまってなんとも言えない威圧感がある。
滅多に学校にこない彼は決してクラスで嫌われているわけではない。しかし一週間ぶりに姿を現した彼の姿を、クラスメイトたちは息を詰めて見つめていた。
「それレポート? 沢田が集めてんの?」
「あ、うん」
まっすぐ綱吉のもとへと歩いてきた彼は明らかに教科書など入っていないとわかる鞄からまとめられたレポートを取り出すと綱吉に手渡した。
渡された紙の厚さに綱吉は驚く。
このレポートは最低でも五枚は書いてこいと言われたためほとんどの生徒は五枚きっちりもしくは六枚ほどで終わらせているというのに、ざっと見ただけで倍は確実にあった。
丁寧な字で、地図なども付けてありレイアウトも完璧。
到底自分には真似できないことだ、とツナが感心していると、彼はじゃ、よろしくとだけ言ってくるりと背を向けた。そしてさっさと教室をでていってしまう。
「相変わらずだなぁ、雲雀のやつ」
綱吉の持つレポートを数枚めくって、山本が感嘆の声をあげた。
同じようにのぞき込んだ獄寺も、気に入らねぇと顔にでかでかと書いてある表情でチッと舌打ちする。
いくら気に入らないといっても、彼のレポートの質の高さは否定できないのだ。
綱吉はレポートの表紙、その一番下に書かれた名前を指でなぞった。
そこにはやや角張った達筆な文字で、四つの文字が刻まれている。

雲雀

そう、彼はこの並盛中を取り仕切る風紀委員長雲雀恭弥の、弟なのだ。




「兄貴いるー?」
「いるよ」
生徒だけでなく、教師までもが開けるのをためらう応接室の扉をは気軽に開けた。のぞき込めばテーブルには数枚の書類、そしてそれを処理している兄の姿があった。
ポケットに手を突っ込んだままその向かいのソファにボスンと座り込んだ弟に、雲雀恭弥はちらりと視線を向けた。並盛を愛する自分と違ってあまり学校にこないこの弟を学校で見るのは一週間ぶりのことだ。
「一週間何してたの、
「んー?」
だるそうに目を瞑っていたはちょっと片目を開けた。
ずいぶんと眠そうだ。
「何って‥‥兄貴の彼女に連れ回されていろいろと」
「それは聞いたよ。でも連れ回されたのって三日ぐらいでしょ。それ以外は何してたの。に聞いても何も言わないし」
「あー」
というのはの幼なじみ兼親友のことだ。群れている人間を見ると誰彼かまわず咬み殺す凶暴なこの兄の恋人なんてものがつとまる強者である。
もっともから見れば彼女自身だって十分にデンジャラスな人間であるので、あの女の彼氏になってくれる心の広く度胸もありなおかつ何に巻き込まれても死なないだけの実力のある人間は果たしているのだろうかと幼いころに思ったことのあるとしては、実はこの上なくお似合いのカップルなんじゃねーのとか思っていたりする。
マフィアの娘であるとキャバッローネのボスであるディーノは面識がある。
というより、相当に親しい。
しかしはまだ自分に恋人がいるということを兄に言っていなかった。
別にわざわざ言う必要もないと思ったから言っていなかっただけで決して隠していたわけではないが、それを知っているは一応本人が伝えるまではと気を遣って言わなかったらしい。
おそらく本人に聞けと言われたのだろうとぼんやりと思った。
まぁ、別に、今言ってもいっか。
「兄貴にはまだ言ってなかったけど、彼氏がいてな。そいつんとこにいた」
「‥‥彼氏?」
兄は何いってるのと少し眉間にしわを寄せた。
まあそりゃそうだろう。兄はストレートだから。
「彼氏。恋人、ただし男。俺両刀だから」
「そう」
あっさりうなずいて、兄はまた書類に視線を落とした。
それがやや意外では拍子抜けした。
いいのか、そんな簡単に納得して。
大抵の人間は男が恋人だと言うとえぇっと驚く。にとってそういう反応は決して不快なものではなくて、むしろそういう反応をされることを期待し、楽しんでいるのだ。
だというのに。
「なー兄貴。なんとも思わねぇの?」
「何が」
「弟がホモってんだぜ。もっと、こう‥‥嫌そうな顔するとか」
「してほしいの?」
「や、別に。それはそれでちょっと困る」
兄に嫌がられるのは困る。
強い人間を見ると咬み殺したくなるこの兄のことだ、きっとディーノにも喜んでトンファーを向けるだろう。
「よくわからないね、のそういうところは」
「そうか?」
「自覚ないならいいよ」
「そっか。あ、今日の巡回俺も行く。暇」
「いいよ」
それまで寝てるから、よろしく。
ふかふかと柔らかいソファに完全に埋もれて、は目を閉じた。




「‥‥あ、」
「どうしたツナ?」
「あれ、ヒバリさんと雲雀くん?」
こうして呼ぶとなんか変な感じだなと思いながらツナは窓の外を指さした。
そこには校門へと向かって歩く学ランの人物が二人。
背の高い方がで半歩ほど前を歩くのが兄の雲雀恭弥だろう。
「ほんとだ。ああして見るとあんまり似てねぇのな、あの二人」
「だよねぇ」
兄の方はやや童顔というか、輪郭が丸く、角度によってはやや幼くも見える。
それに対して弟のは、まるで高校生以上にも見えるような風格だ。
顔つきや身体の骨格でいえば、ちょうど今隣で同じように窓の外を見ている山本に近い。 山本よりもやや筋肉質で、それでいて太いというわけでもなく、そしてなんというか男の色気とでも言うのだろうか、彼には同年代の男子にはない大人っぽさがあった。
ブレザーも似合うだろうが、それよりも黒い学ランを着こなす彼は同性の目から見てもかっこいい。もちろん女子にはとてつもなくもてる。身長が山本よりも1、2センチほど高い彼はさぞかし黒いスーツが似合うんだろうなと考えて、ツナは慌てて首を振った。
いけない、最近自分の身の回りで黒スーツの男達が多く出没するようになったせいで思考までが毒されてきてしまった。兄だけでなくの方も喧嘩はかなり強いらしいが、だからといって彼に黒スーツのマフィアの格好が似合うだろうななんて考えるのは想像が過ぎるだろう。
実はこのツナの想像は実に的確でどこにも間違った憶測などないのだが、ツナがこの事実を知るのはもう少し後のことだった。
「十代目ー」
帰りましょう、と呼んだ獄寺にそうだねと返してツナは窓際から離れた。


02:学校へ行く

雲雀が169cm、山本が177cm、ディーノは183cm。(ファンブックより)
は179cm。これからもっと伸びるのかは‥‥不明。

2007.12.08