「ボス。朝だぜ‥‥っと」
ディーノの寝室の扉を開けて中を覗いたロマーリオは、しかしすぐに頭を引っ込めた。ぽりぽりと頬を掻いて逡巡し、しかしいつものことだなと諦めて室内へと足を踏み入れる。
品の良いキングサイズのベッドには、金髪と黒髪がシーツに埋もれるように覗いていた。 どちらもしっかりとシーツにくるまっているものの、毎朝ボスであるディーノを起こす役目を負わされているロマーリオは二人が一切服を身につけていないであろうことは容易に想像ができた。想像というよりは確信だ。
ロマーリオは、素っ裸で眠る主とその恋人を起こすなんていう決して歓迎されるものではない仕事を、二人が共にベッドを過ごすようになってからずっと押しつけられているのだから。
「ん‥‥。ロマーリオ?」
気配を感じたのだろう、このキャバッローネファミリーのボスであるディーノが眠たげに瞼を押し上げた。黒髪の恋人を抱えるようにしていた体勢を変えてごろりと仰向けに転がると、まだ寝たりないとでもいうようにゆるやかに瞬きを繰り返す。動いたせいでくるまっていたシーツがずりおち、しっかりと鍛えられた逞しい身体があらわになった。やはりというか素っ裸である自分のボスに、ロマーリオはため息をついた。もう気分は諦めの境地だ。
「朝ですぜ、ボス。そろそろ急がねぇと間に合わねぇ」
「今日ってなんかあったっけか」
「会談があるって言ってたのはボスだな」
「そういやそうだったな」
昨晩自分で言ったことを思い出したのか、ディーノはだるそうに身体を起こした。シーツがさらに動き、隣で眠っていた人物の身体までが空気にさらされることになる。常識で言うのなら、紅い跡の目立つ艶めかしい柔肌が見られるというのが普通だろう。
しかしここでは違った。
ロマーリオの目に飛び込んできたのは、無駄なく鍛えられた筋肉のつく、すらりとした身体。肌は若いだけあって瑞々しいが、健康的に浅く日に焼けたその肌は女性特有の艶めかさとは無縁だ。骨格も違う。確かに身長やその力に似合わず華奢な方なのだが、それは無駄なくついた筋肉がひきしまっているからで、決して筋肉がないというわけではない。そして何より、その人物には胸がなかった。ひきしまった胸板。つまりは、男だ。
裸で同じベッドにいる二人の青年。
これが、多くの部下たちがボスを目覚めさせるという本来誇るべきこの仕事を嫌がる原因なのだった。
「‥‥‥‥さみぃ」
「あ、わりぃ。もうちょっと寝てていいぞ」
薄く目を開けてシーツをたぐり寄せる恋人に、ディーノはシーツをかけてやった。
「俺はちょっと仕事があるから出かけてくる。お前はどうする?」
「‥‥‥‥学校休む」
「欠席日数ちゃんと計算しろよ。今日は提出物があるから行くとか言ってなかったか」
「あー‥‥‥‥」
一昨日にめんどくさいながらも一応はきちんとやったレポートのことを思い出したらしい。行くのは面倒だがせっかく破きたくなるのを我慢して作ったレポートを出さないのもなんとなく嫌だ。そんな心の葛藤が聞こえてくるようで、ディーノは声に出さずに笑った。
「後で起こすように部下に言っておく。ギリギリまで寝てろ」
「‥‥そーする」
ぼやっとした表情で言って、は再び眠りに落ちた。
シーツを肩の上まで引き上げてやって、ディーノはシャワーを浴びるためにベッドを離れる。
ほぼ毎朝繰り返されるやりとりに、ロマーリオはもう何も言わなかった。




「‥‥い、おい、! そろそろ起きねぇとまずいんじゃねぇか」
「今何時‥‥」
「八時前だ。ほら、車出してやっからさっさと起きな」
ディーノと共に眠るようになってから顔見知りになった部下に肩をゆすられて、は重たい瞼を持ち上げた。低血圧なわけではないが、現在時差ボケで体内時計が狂いに狂っている彼にとってはとてつもなく眠たい時間だった。本来なら同じ学校に通うの兄と同じく木の葉が舞い落ちる音でさえ目覚めるほどに寝起きはいいが、時差ボケには勝てない。彼の体内時計では、今は真夜中なのだ。
それでもなんとか上体を起こしてぼーっとしていると、制服とタオルが投げられた。
「早くシャワーあびてきな」
それだけ言って部下は部屋を出ていった。
そりゃそうだ、裸の野郎がベッドにいる光景なんてそう長く見ていたいものではないだろうとは思う。彼は一応、男であるディーノの恋人が同じく男である自分だという異常性を自覚していた。だからといって何がどうというわけでもないが、客観的に考えて男同士が共に寝るというのは、いくらそれが慕っているボスであってもやはり直接見たくはないだろうと部下の気持ちを考えてみたりもする。もっとも肝心のディーノは見られることを全く気にしていなかったが。それどころか最中に部下が報告に入ってきたとしても、部下は慌てて出て行こうとするのにそのまま報告させるなんてこともままあった。自身も気にしない質だが、しかし、僅かに同情しないこともない。だがそれだけだった。
「今日は‥‥レポートだして委員会に顔だして‥‥それだけだったか」
めんどくせぇ、とだるそうに言って、はシャワー室に消えた。




「本当にいいのか? 。遅刻だろ?」
「いーんだよ、別に。そこまでしてもらう理由もねぇし」
「車はボスが言ったんだぞ」
「いいって。確かに俺はディーノの恋人だけどな、キャバッローネの人間でもなんでもねぇの。そこんとこきっちり線引きしねぇと駄目だぜ。ディーノは俺に甘すぎる」
「そう言われちゃ反論はできねぇな」
「だろ?」
苦笑する部下に、唇の端を持ち上げては笑った。やや子どもっぽい輪郭を残すディーノとは逆に、は大人の男の色気が漂う、精悍な顔立ちをしている。身長は年下であることもあってまだの方が低いが、伸び盛りの彼を見ていつか抜かされるのではないかと彼の恋人が密かに危機感を抱いていることなどは知らない。
年齢に似合わない男前な笑みを見せるに、部下はあーあと内心で呟いた。別にボスの趣味に何かを言うつもりはないし、この世界ではそこまで珍しいことでもないから別にいいのだが、しかし外見も中身も実力も十分に魅力的である彼ら二人がどうして女ではなく互いを選んだのだろうと余計な疑問はつきなかった。もっとも、に執着しているディーノにがつきあってやっているという構図に見えなくもないのだが、の方もディーノを好いているというのは揺るぎのない事実らしいので、本人達はなんら問題はないらしい。自分たちのボスとの関係についての議論は、部下同士での会話で必ず出てくる題目でもある。若いっていいねぇと年寄りじみた台詞を心の中で呟いて、部下は気をつけて行ってこいよと声をかけた。
もじゃ、と片手をあげてゆっくりと歩き出す。
ふと視線をあげると、抜けるように青い、見事な快晴だった。



ディーノの屋敷から学校までは、実はそれなりに距離がある。
小一時間ほど歩いたところで、遠くでチャイムの鳴る音がした。
ああこれはきっと一時間目が終わったんだな、と考えながらはゆっくりと歩いていた。
遅刻したからといって別に急ぐつもりはさらさらない。そんなものは常習犯だし、欠席なんて言わずもがなだ。所属している委員会の名前と、転校生がくるまでは学年トップを誇っていた彼の成績のおかげで教師たちは何も言わない。というか言えない。
だから、そう。
肩に羽織った学ランをはためかせながら、は寄り道をしていくことに決めた。


01:朝の風景

捏造設定で、並盛市内ではないけれどディーノは日本に屋敷を持っています。
2007.12.08