窓際に置いたソファでうとうとと微睡んでいたは、ふと人の気配を感じて意識を現実に引き上げられた。
それでも瞼をあげる気にはなれなくて、再び睡魔にあらがうことなく沈んでいこうとする。

「無用心だよ、

しかし、そんな言葉とともに無防備にさらされた腹部に無造作に乗り上げられた瞬間、の意識は一瞬にして覚醒した。
跳ね起きようとしたが重さによってそれも叶わず、相手の人間が不本意ながら知り合いになってしまった青年だということに気付いて舌打ちをする。全く油断しすぎた。

いや、そもそもどうやってこの家に入り込んだ?

の黒い瞳がすっと細められ、鋭い光を放つ。
よく鍛えられたの腹の上から見下ろすようにしてを観察していた雲雀は、ぴりぴりと肌を突き刺す殺気の心地よさにうっとりと唇をつり上げた。

「ねえ、いくら自分の家だからって油断しすぎたよ」
「…そうだな。お前、どうやって入った?
 そもそも見つけられないようにしたはずなんだがな」
「さあ。場所はディーノに教えてもらったよ。
 通りを歩いてたらここの時計屋を発見して、君の妹がこの部屋に通してくれたんだ」

喉の奥で呻いて、は思わず天を仰いだ。
入店条件のブラックリストにはしっかりと雲雀恭弥の名を追加したはずだったのだが、どうしたことだろうか。
何よりもあっさりとこの部屋へ雲雀を通した妹の行動が信じられなかった。
お兄ちゃんは悲しいと嘆いて、がしがしと短めの黒髪をかきまぜる。
この部屋の中にいる限り絶対的にの方が有利な立場なのは確かだが、そんなものは関係ない。
彼はいい加減うんざりとしていた。

一方の雲雀はというと、の上に馬乗りになった格好でまじまじと目の前の男を観察していた。
短めの黒髪、黒曜石のような黒い瞳、精悍な顔立ち。
顔の輪郭はやや丸みを帯びた形の雲雀と違って、例えば山本武のような縦長の形をしている。
ほどよくついた筋肉はしなやかで、それでいて力強い印象を与えた。
男の雲雀から見ても十分にいい男だ。

「視線で俺を殺す気か?」

あまりにも熱心に雲雀が見つめていたせいか、が呆れたようにそう聞いてきた。
上を取られた圧倒的に不利な体勢だというのに、少しも焦りが見られない。
もっともここは彼のテリトリー内なのだからそれも当然だろうが、いつでも余裕を崩さないこの年上の男の驚いた顔が見てみたかった。

「さっき君の妹に言われたんだけどね。僕はあなたのことが好きみたいなんだ」
「…は?」

何言ってんだ、とが眉をしかめる。雲雀は軽く首を傾けてさらに続けた。

「それで、彼女の解釈によると、僕がこの店を見つけられたってことは、あなたも僕のことが好きらしい」
「はぁ!?」

そこでようやくの顔色が変わった。
まあ確かにリティははっきりとが雲雀のことを好きなのではとは言ってはいないが、そうともとれる曖昧な言い方はしていたのだし、嘘をついてはいない。
雲雀としてはとりあえずこの男の余裕を崩せればなんでもいいので試しに言ってみたのだが、想像以上の効果だった。

「つーか待て、なんでそうなる。
 確かに俺は男も女もイケるくちだが、お前に惚れた覚えはねぇよ」
「じゃあ惚れてよ、今すぐに。好きだよ、僕と付き合ってくれない?」
「お前の付き合っては戦えっつー意味だろうが!」
「ワオ、よくわかってるじゃないか。これも愛だね」
「ちげぇ!」

腹筋をフル活用して叫んで、ぐったりとはソファに沈み込んだ。
なんて不毛な会話だ。ものすごく疲れる。

「つーか、リティはどうした。あの裏切り者め」

こんな馬鹿らしい会話はやめようとが話を逸らそうとすると、雲雀はむっとした顔になった。
の腹に乗り上げた膝にますます体重をかけて圧迫する。
さすがに苦しくなったが雲雀の肩に手をかけた瞬間、外へと繋がる扉が静かに開いた。

「あら? お邪魔しちゃったかしら」

くすくすと笑いながら入ってきたのはリティだった。
右手には盆を載せており、なぜか三人分のお茶とお菓子が載っている。

「……リティ」
「何かしら、お兄様」

兄に低い声で呼ばれ、盆をテーブルへと置いた彼女はにっこりと微笑む。
ふんわりと柔らかな美しい微笑みのはずなのに、言葉に出来ない妙な迫力があった。

「いつ俺がこいつを好きだなんて言った?」
「あら、違うの?」

リティは笑っている。
シフォンケーキのようなふわふわの笑みで。
しかし、どういうわけか目だけは笑っていない。

「だって兄様、彼のことを気に入っているのは確かでしょう?
 顔はけっこう好みのはずだし、その体勢になってもまだ殺してないのが何よりの証拠だと思うのだけれど」

違う?と、かわいらしく首を傾けてみせる。
我が妹ながらなんつー女だ、とは頭が痛くなった。
どこで育て方を間違えたのだろうか。おにーちゃんはものすごく悲しい。

「どうせ今はフリーなんでしょ?
 お試し期間ってことで付き合ってあげるくらいいいんじゃないかしら」

今は、という言葉をやけに強調されてはぐっと詰まった。
確かには一般的に見ればかなり遊び歩いている部類の人間だ。
遊び、あるいはお試しで付き合うくらいのことなら簡単にできるのも事実だが、それにしたってこの提案は酷い。
腹の上の雲雀を見れば、彼はリティの提案にものすごく乗り気だった。

「それはいいね。そうしようよ、。まずはお試しから始めよう」
「……もう好きにしろ」

呻くように答えれば、満面の笑みがふたつ向けられる。
リティは弾んだ声で兄をよろしくなんて言ってるし、腹の上の雲雀は相変わらずの上からどく気配はないようだ。

今日はぜってえ厄日だ…!

がっくりと、は再びソファに深く沈んだ。






[ “お試し”からはじめましょう

とりあえず出会い編は終了〜。予定より長くなってしまった;
お付き合いありがとうございました!

11.01.08