Pi Pi Pi Pi Pi  Pi Pi Pi Pi Pi

「もしもし、?」
『よう、ディーノ。この間の依頼、終わったぜ』

ディーノがに抹殺依頼を頼んだ一週間後。
真夜中にも関わらずかかってきた電話にでれば、からの任務完了報告だった。
さーて仕掛けはどうなったかなとディーノの口元が緩む。
ターゲットは二人一緒に行動しているらしいという情報はこちらにもあがってきている。
うまくいけば愛弟子と友人が鉢合わせをしたはずなのだが、果たして。

「相変わらず早いな。ボンゴレ側のやつとは会わなかったのか?」

待ちきれずに直球で聞いてみる。
一瞬沈黙が降りて、それから不機嫌そうな声が返ってきた。

『お前のかわいいクソガキだろ?
 会ったよ。つーかてめえ、仕組みやがったな。おかげで目つけられたっつの』
「あははー。で、どうだった? あいつ結構強えだろ」

まるで息子を自慢する父親のような気分で言うと、受話器ごしにもはっきりとわかるほどのため息が聞こえた。
どうやら呆れかえっているらしい。

『まあな。でも俺には勝てねーよ。そーゆーわけでディーノ』
「うん?」
『俺しばらく休業するから、よろしく。じゃーな』
「え? っておい、!」

プツ、ツーツーツー

「……切られた」

何度かけ直しても繋がらない。
電源を切ったか、もしくは携帯ごと破棄したか。
あいつならぶっ壊すくらいのことはしそうだなと頭の隅でどこか冷静に考えながら、ディーノは優秀な右腕を振り返った。

「なあロマーリオ。オレ、やりすぎた?」
「やりすぎだな、ボス」

ロマーリオの目元は面白いものを見たとでもいうように笑っている。

「ちくしょー、また逃げられた…」

べたっと机につっぷして、ディーノは脱力した。















「平和っていーなぁ」

良く晴れた日の昼下がり。
愛車を公園の一角に止めて、はのんびりとした空気を味わっていた。
殺し屋業はしばらく休止だ。
一週間前に出会ってしまったあの年下の日本人のせいで急に決定した休暇だが、はむしろ休む理由ができたことを喜んでいた。
もともと殺しが好きでやっているわけではない。
できるならなるべく太陽の下でまったり生きたいと思っている彼にとって、こうしてゆったりとできることはこの上ない至福の時なのだ。

「うめー」

売店で買ったパイを咀嚼する。
さくさくとした触感と中の焼きリンゴの濃厚な味がマッチして、あっと言う間に食べ終わってしまった。
もうひとつポテトの入ったパイも買ったのだが、これは家に帰ってからのお楽しみにとっておくことにする。
窓枠に頬杖をついて外を眺める。
芝生の上では親子連れが何組か休暇を満喫していて、子どもたちの楽しそうな笑い声が響いている。
車の窓は全て開け放ち、ゆるやかに流れる風が頬をやさしく撫でた。
射しこんでくる陽射しも強すぎず弱すぎず、ちょうど眠気をさそうような心地よさだ。
ある程度満たされた腹のおかげで睡魔はどんどん押し寄せてきて、はそれに逆らうことなく瞼を下ろす。
昼寝最高。
そんなことを思いながら完全に意識が落ちきる瞬間、彼はここにはいないはずの声を聞いた。

「ねえ」
「‥‥っ!」
「油断しすぎだよ」

勢いよく目を開けたは、常時携帯しているナイフを袖から抜こうとして、そこで動きを止めた。
相手の右手が自分の頬に添えられている。
その袖口にはやはり隠しナイフが見えており、相手が少し手を動かせば容易に切られる位置だった。

「‥‥雲雀、恭弥」

ゆっくりと名前を呼べば、雲雀は嬉しそうにつり上がり気味の目を細めた。
自分と同じ日本人のこの男はひどく整った顔立ちをしているが、その凶悪すぎる目つきが逆に魅力を引き出しているのがなんとも不思議だ。

「なんでここにいるんだって顔だね。そりゃ、調べたからさ」

楽しそうに笑って、雲雀はの頬をなでる。
頭の隅でマズイ、と思いながらもは冷静だった。
たとえこの状況下でも、実力差を考えればまだの方に分がある。
雲雀の方もそれはわかっているようで、軽く首を傾げて乗っても良い?と訊いてきた。
は嘆息して、どうぞと短く答えてやる。
雲雀が反対側の助手席に乗り込んだそのついでに、は開け放していた窓を全て閉じた。

「閉めちゃっていいの。逃げられないよ」
「お前がな。いいんだよ、どうせ今は闘る気ねえんだろ」
「ワオ。よくわかったね」

の言う通り、今の雲雀はを咬み殺すつもりはとりあえずなかった。
あんまりにも気を抜いてうとうとしている彼の顔を見ていたら、なんとなくその気が削がれてしまったのだ。

「で、闘る気もねーやつがなんの用だよ」
「あの有名ながきみみたいな人間だとは思わなかったな。
 フリーの殺し屋の中じゃダントツの戦闘力を誇るくせに、
 依頼人を選んだり滅多に仕事を受けない変わり者」
「依頼人を選ぶのは普通だろ。別に殺しが好きってわけじゃねーしな」
「キャバッローネと仲がいいんだって?
 確かに跳ね馬はきみみたいなタイプ好きそうだよね」
「そういうお前もずいぶん親しそうじゃねえか」
「このパイ食べて良い?」
「‥‥食えば」

人の話聞く気ねえなコイツ。
そう思いながら、は雲雀がめざとく発見したパイの紙袋を放り投げてやった。
作りたてのパイはほどよく冷めていて、人肌より少し低い程度だ。
三口ぶんほどの大きさに切られているパイにそのままかじりつくと思われた雲雀は、しかしふと思いついたような顔をすると端を掴んで一口分にちぎった。
そしてそのままの方へと差し出してくる。

「はい」
「‥‥‥‥」

はものすごく嫌そうな顔をした。

「お前は何がしたいんだよ」
「今は餌付けがしたい気分かな」
「‥‥餌付け」
「そう、餌付け」

雲雀はしごく楽しそうな顔をしてパイを差しだしてくる。
これは食べない限り引かないだろうなと諦めて、は大人しく口を開けた。
パイを口内に残して指が引かれる一瞬、雲雀の指先がわざとの唇に触れていく。
ポテトの甘みは見事なものだったが、味わうどころの話ではなかった。
先ほど以上に顔をしかめては雲雀を睨むように見る。
雲雀は満足そうに笑っていた。

「お前、んなことしてっと襲うぞ」
「なに、きみ、ゲイなの?」
「見た目がよけりゃどっちでもいける。つーか、真面目に返すなよ‥‥」

がっくりとは脱力した。
その隣で雲雀はくすくす笑いながら、彼に見せつけるようにしての唇に触れた指をねっとりと舐め取る。
こいつが女だったら絶対男を手玉にとるタイプなんだろうなとずれたことを考えて、は紅い唇に集中しないようにした。
男でも女でもどっちでもいけるのは事実だが、かといって誰彼構わずがっつくほど欲求が強いわけではない。
この話題はさっさと終わらせた方が良いと思うのだが、しかし雲雀は面白いおもちゃを見つけたというような顔をしての動向をうかがっている。
思った以上にやっかいなのに捕まったと、大きくため息を吐き出した。






W ある日の昼下がり


08.05.31