ターゲットが潜伏しているらしいアパルトメントへと向かう途中の薄暗い路地裏。
一歩踏み入れた瞬間たちこめる異常な空気を嗅ぎ取った雲雀恭弥は、思わず足を止めた。
足下に広がる赤黒い液体を辿り、その発生源となっているふたつの塊を発見する。
さらに視線を奥へと向ければ、ツンと鼻につく血臭の満ちた狭い箱庭の中、壁にもたれて煙草を吸う男がいた。

「お前誰?」

紫煙を吐き出しながら、こちらを向くこともなく、視線だけをわずかに動かして彼は問う。

「雲雀恭弥」
「へえ。ボンゴレの」

血のにおいに混じって、苦みと甘さの混じった香りが漂ってくる。
男は短くなってしまった煙草を靴の裏で消すと、ぽいと適当に投げ捨てた。
小さな水音を立てて落ちた吸い殻はあっと言う間に紅く染まり、ただの紙くずへと成り果てる。
緩慢に身体を起こした男からは、どうしても濃すぎる血のにおいがした。

「怪我してる?」
「いや、返り血。ちょっとばかし派手にやりすぎたからな」

低くかすれた声が、ため息混じりに響く。良い声だ。

「それ、僕のターゲットだったんだよね。君、二人ともやっちゃったの?」

男は一瞬驚いたような顔をして、それから低く呻いた。
どうやら雲雀が“血だまりの狩人”の残党狩りのためにボンゴレ側から派遣された人間だと気付いたらしい。

一応、ボンゴレとキャバッローネで一人ずつ始末するという話だったのだが、男の足下には二人ぶんの死体が転がっている。
確かにばらけることなく二人セットで逃げているという情報はつい先ほど手に入れたばかりだったが、それにしたってまさか先を越されるとは思わなかった。

「…ボンゴレが雲の守護者を出してくるとは思わなかったな。
 悪ぃ、二人いっぺんに襲ってきたもんだからまとめてやっちまった。
 お詫びに両方ともお前の手柄にして良いぜ。ついでに始末も任せる」

じゃあな、と軽く腕を上げて、男は歩き出した。
路地裏の、さらに奥へと向かって。

「待ちなよ」
「ん?」

ガキィン、と金属音が響く。

「ワオ」
「っぶね」

仕掛けた一発目は、黒光りする銃によって弾かれた。
トンファーと銃が噛み合う。
一瞬でこの男が自分以上の実力であることを悟り、雲雀の表情が狂喜に染まった。
一方の男はそんな雲雀の顔を見てまいったなと顔をしかめる。
反対の手から繰り出された第二撃をいなすようにかわすと、はあと大きくため息を吐き出した。

「ほんっと噂通りの奴だな」
「きみが始末してくれちゃったおかげで楽しみがなくなったんだよ。きちんと責任とってよね」
「んなこと言ったってなぁ、俺だって予想外だったし」

あーもーめんどくせえな。
男は短めの黒髪をがりがりと掻きむしると、諦めたように肩を落とした。
すっと気配が変わる。
自分と同じ漆黒の瞳から全ての感情が消えていくのをまざまざと見て、雲雀はぺろりと唇を舐めあげた。

そして。

狭く薄暗い路地裏に、鋭利な金属音が響いた。















「‥‥逃げられた」

信じられない、といった口調で雲雀は呟いた。
逃げられた。
せっかく久々に見つけた自分と同等以上の強さを持つ男だったというのに、こうもあっさりと。
手を抜いた覚えはない。本気で咬み殺す気でいった。
だが現実には簡単に逃げられ、雲雀の右手には今も衝撃によるしびれが僅かに残っている。
あの男は強い。とてつもなく。
その事実に身体が震えた。それは喜び。
数年前、あの金髪のイタリア人と初めて手合わせをしたときと同じ高揚感。

「ぜったい、逃がさないよ」

トンファーについた血を舐めとる。
唯一まともに浴びせられたときについた男の血は、甘美な味がした。















「‥‥あのクソガキ。マジで殺しにきやがった」

こめかみから流れる血を拭いながら、は忌々しげに舌打ちをした。
ちょっと相手をして相手の気がすんだらさっさと逃げる予定だったのに、まともに一撃を喰らってしまった。とんだ誤算だ。
その攻撃的な性格は風の噂でもよく知っていた。
なにせ、雲雀恭弥の自称師匠はの親友の一人なのだ。
飲ませるたびに始まる弟子自慢を聞いていれば、どんな人間なのかは簡単に予想がつく。

「あー、くそ。やっかいなのに目つけられた」

自分の方が強いのは明白だが、そんなことは関係ない。
相手はあのボンゴレ十代目の雲の守護者だ。
あんな戦闘狂にしっかり顔を覚えられてしまっては、せっかく今まで自分が築き上げてきたのんびりまったり殺し屋生活にも支障がでかねない。

「しばらく仕事は控えるか」

どうせ仕事など引き受けなくても生活できるだけの蓄えはあるのだ。問題は全くない。
友人達が、とくにディーノあたりがまた何か言ってくるかもしれないが、無視すればいいだけの話だ。
こめかみを押さえていた手を外せば、やっと血は止まったようだった。
手のひらについた自分の血を舐め取って、顔をしかめる。
なんともいえない鉄の味が、口の中に広がった。






V 任務終了

急に話が飛んだような感じがするのはアレです、真面目に任務の遂行手順を書くのがめんどくさかっただけ…ゲフン(殴)
08.05.31