雲雀恭弥がボンゴレ十代目から任務を言い渡される数日前。 のんびりまったり悠々自適ライフを満喫中の一応フリーの殺し屋は、幼馴染み兼友人であるキャバッローネ十代目跳ね馬ディーノに呼び出されていた。 「はあ? 仕事ぉ?」 黒い革張りのソファに深く身体を沈め、ものすごく嫌そうな顔をして聞き返す。 綺麗な顔してマフィアのボスなんて薄暗い商売をしている親友は、少したれ気味の目をさらに下げてすまなそうに頼んできた。 「そうなんだ。ウチのやつらじゃちょっと太刀打ちできねえ相手でな。お前の力が必要なんだ」 「却下。俺は忙しい。またな、親友」 「ちょっと待て!」 立ち上がりかけた身体をものすごい勢いで引き留められる。 掴まれた左手首にかなりの負荷がかかって、みしみしと音がしそうだった。 「いてぇよディーノ。離せ」 「お前が座ったらな。頼むぜ、本当に緊急なんだ」 「却下。リティんとこでパイ喰う約束してんだ。じゃあな」 「このシスコン!」 ぱしーんと小気味良い音が響いた。ディーノの鞭が、床を打った音だ。 はにやにやと嫌な笑みを浮かべながら跳ね返ってきた鞭をつかみ取ると挑発するようにぐいぐい引っ張ってやる。 親友の側近がテーブルの上のカップやらを避難させているのを見て、さすがロマーリオと口笛を吹いた。 「お前わかってやってるだろ、ていうか羨ましいなコンチクショウ! オレも連れてけ」 「やーだよっと。妹に悪い虫がつかねーようにすんのが兄の役目。 ってことでさらばだ親友。お前のことは一生忘れねーよ」 「ふっざけんな!」 ディーノが吠えた。この親友は、の妹に惚れているのだ。 リティというよりだいぶ年下の彼女は血の繋がりこそないものの兄であるとはたいへんに仲が良く、しばしばが経営する時計屋の店番をしている。 ディーノとしてはなんとかして彼女に近づきたいと思うのだが、なかなか上手くいかずに苦戦しているのが現状だった。 はそんな親友をからかうのがとにかく楽しいようで、この二人が顔を合わせるたびにこうして取っ組み合いの喧嘩になるのである。 仕事を依頼するための真面目な会談は、もはやただの喧嘩になっていた。 やっぱり鍛錬場で話し合いをさせた方が良かったとロマーリオは後悔したがもう遅い。 家具こそ傷付けられていないものの、鞭やらナイフやらが飛び交い、部屋の中は戦場さながらといった風だ。 「たかだか女一人のことでキレんなよキャバッローネのボス。 つーかお前そろそろ結婚しないとヤバくね? 跡継ぎ」 「それをお前が言うな!」 今一番の頭痛の種である問題をズバッと言われて、ディーノは思いっきり鞭を振りかぶった。 やや荒れ気味の友の姿を見て、やーっぱストレスたまってんだなぁとは内心で苦笑する。 こうしてたまには発散させてやらないと、あるときぷっつんと切れてしまうのだ。 自分が姿を消していた間にも何回かそういうことがあったらしいのでときたまこうやってガス抜きをしてやっているのだが、自分が楽しいからというちょっとした遊び心が混じっているのも否定はしない。 もう二人の親友もそうなのだが、素を見せて暴れ回る友人をさらにからかってキレさせるのはけっこう楽しいものなのだ。 「つーか居場所も掴めないってのがまずありえねー! お前隠してんじゃねぇのか!? たまに店番してるときにたまたま会えるかもってそれしかないんじゃやってらんねーよ!」 半分泣きの入った叫びが木霊する。 ディーノは本気でリティに惚れてしまったらしいのだが、居場所が掴めなくてやけになっているのだ。 ごくたまに店番をしているときくらいしか会えず、おまけにリティ本人は仕事の方が楽しいらしく恋愛というものに時間を割くつもりはさっぱりないためはっきり言って脈はかなり薄い。 確かに俺でもちょっと泣くなと思いつつ、はあえて手をだそうとは思わなかった。 「まーまー頑張れって。いっとくが、そもそもあいつ恋愛なんかする気はさっぱりだからな、 男として見て貰うのはかなり大変だと思うぞ。ってわけでディーノ」 「なんだ」 「しゃーねーから仕事は請け負ってやる。今度上手いワイン奢れよ」 「お前いつも奢らせてんじゃねぇか」 「たいていはスクアーロの財布だろ。関係ねえって」 とろけるような笑みを浮かべて、は手の甲でぽんぽんと友人の胸を叩いた。 そのしぐさの中にすっきりしたかよ?というメッセージを読み取って、ディーノは軽く肩をすくめてみせる。 なんだかんだと言って、このという男は友人思いの良い奴なのだ。 「今回はボンゴレの方からも一人出ることになってる。 でもまあ、別行動が前提だから気にしなくていいと思うぜ」 「りょーかい」 扉付近に避難していたロマーリオから書類を受け取って、は軽い足取りで部屋を出て行った。 「あ、そうだディーノ」 「どうした?」 何かを思い出したらしいがひょっこりと扉から顔を覗かせる。 にやっと意地悪い笑みを浮かべて、からかうような口調で言った。 「お前、リティに惚れんのはいいが嫁さんにもらうのはけっこう大変だぞ。 そこんとこよく考えておけよ、キャバッローネのボス」 「‥‥、うるせえ!」 ぱしーんと、再び鞭の音が響き渡る。 扉を盾にして避けたは、笑い声を残して帰って行った。 「‥‥ボス。気持ちはよくわかるが、の言うことももっともだぜ」 「わかってる。わかってるけどなぁ、あいつに言われるとなんかむかつくんだよ」 「そりゃただの八つ当たりってやつじゃねぇのかね‥‥」 ロマーリオはぼやいたが、ディーノには聞こえてはいないようだった。 このキャバッローネのボスは、あのという友人のことになると普段はあまり表にでてこない子どもっぽさが前面に押し出される傾向がある。 それはそれで息抜きになっているようなのでまあいいのだが、四捨五入すればもう三十路になってしまう良い男がぎゃんぎゃんわめいている図というのは、あまり人に見られたくないものだ。 「ところでボス。ボンゴレ側からは誰が?」 「ん、まだ未定っつってたけどな。 ヴァリアーは忙しいし、守護者の誰かになるんじゃねぇか。‥‥あ」 ごそごそと書類をまとめていたディーノの手が止まる。 次いで何かいたずらを思いついた子どものような顔をして、ディーノはにっと笑った。 「そうだ、恭弥がいるじゃねえか。戦闘嫌いに戦闘マニア、すーげぇいい組み合わせ。 よし、ツナに頼んでおこう」 うきうきとした様子で電話器を取るディーノは、とても良い笑顔をしている。 あっけに取られるロマーリオの前で、かわいい弟分に電話したディーノは例の件にはできれば雲雀恭弥を出して欲しいと頼んでしまった。 「検討してみます、だってさ。これであいつもちったあ真面目に仕事するだろ。 あ、ロマーリオ、コーヒー飲むか?」 「あ? あ、あぁ、いや、オレがいれるぜ、ボス」 「ん、悪いな」 我に返ったロマーリオが反射的に応えれば、ディーノはにかっと眩しく笑った。 このうえなくきらきらとした笑顔なのだが、なんとなく黒さを感じるのは何故なのだろう。 キャバッローネの未来をちょっぴり心配してしまったロマーリオだった。 U 友からの依頼
夢主は愛すべき友人達をからかうのが大好きです。 飲みに行くと、たいていはスクアーロの奢りになります。 ディーノもけっこう奢るけど、たぶんザンザスは滅多に出さない。 いやしかし、ギャグテイストで書くとキャラが良い感じに壊れて書きやすいですね。 ディーノには申し訳ないけれど、かなり楽しかった。頑張れ、ボス! 08.05.31
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