ある日、ボンゴレ雲の守護者である雲雀恭弥は一応の上司であるボンゴレ十代目沢田綱吉に呼び出された。
今の時間は確かとある大きな仕事について兄貴分であるキャバッローネの十代目と会談中だったはずで、そこで呼ばれたということはおそらく最前線へ赴くことになるか内密の個人行動かどちらかの命令が下されるということだろう。
最近は手応えのあるやつとやりあうということがさっぱりなく消化不良気味だったので、雲雀にとっては願ってもない呼び出しだった。
しばらくは退屈しなくても済みそうだ。
これでもし肩すかしな仕事だったらボスになっても相変わらず腰の低い草食動物かやけに師匠面したがるイタリア人か中学生の頃から戦いたくて仕方の無かった赤ん坊か、誰でも良いから相手をさせようと心の中で勝手に決めて、雲雀は目の前のやけに立派で大きな扉を軽くノックする。
この部屋の持ち主である人物のどうぞという声を確認する前にさっさと開けて中に入った。

「よお、恭弥。お前なんか機嫌良くねえ?」
「久しぶりの仕事だからね。相手はどこ?」

席を勧められる前にソファに腰を下ろし、テーブルの上に広げられていた資料を手に取って読み進めていく。
いつも以上に自分勝手にふるまう一応の部下を雲雀さんらしいなあと感心しながら眺めていた沢田綱吉は、久々に愛弟子と会えて嬉しそうにしている兄弟子と顔を見合わせて思わず苦笑した。
とにかく自分のしたいようにしか動かずひたすらに戦場と強い者を求める雲雀の性状は、学ランを羽織っていたころからちっとも変わっていない。むしろ悪化したと言っても良いだろう。
それでもこうして一応は自分の部下として振る舞ってくれているのだから、少しは丸くなったと感じないわけでもなかった。

「ええとですね、個人で動いて貰いたい件があるんです。
 ちょっとやっかいというか、できるだけ迅速にかつこっそり片付けちゃいたい人が二人ほど」

さらっと言われた台詞だが、しかし含まれる意味はずいぶんと重い。
中学生のときの、綱吉が雲雀にとって本当に草食動物でしかなかった頃の彼であったなら絶対に言えないような言葉だ。
雲雀は相変わらず綱吉のことを草食動物と呼んでいるが、しかし裏社会に生きる人間として彼が成長したということはきちんと評価している。
だからこそ名目上とはいえ部下なんてものがやってられるのだ。
そうでなければとっくの昔に咬み殺している。

「ワオ、“血溜まりの狩人”じゃないか。そこそこの大物だね。いいよ、やってあげる」
「助かります」

綱吉はほっと息をついた。
“血溜まりの狩人”というのは、最近ちょっとばかり元気すぎてボンゴレとキャバッローネに対しておいたをしてしまった殺し屋グループの名前だ。
あらかたは仕留めたのだが守護者やヴァリアークラスの者が二人も残っていて、現在もイタリア中を逃げ回っている。
同盟ファミリー外と手を組まれるのもやっかいだし、一般人も関係なく殺し回るような殺人鬼的要素も持っている彼らを野放しにしておくのはあんまりよろしくない。
かといって同クラスの実力者であるヴァリアーや守護者たちの中から複数人動かすのは少しばかり大げさすぎる気がするし、第一そんな暇もない。
そういうわけでボンゴレとキャバッローネから一人ずつ人を出して当たらせることになったのだ。

「オレんとこはっつーフリーの殺し屋が動くことになってる。
 恭弥、ひとつ忠告だ。あいつにだけは喧嘩売るなよ」
「‥‥へぇ。強いんだ」

ディーノは真剣に忠告したつもりなのだが、可愛い愛弟子は舌なめずりしそうな顔でうっすらと笑ってみせた。
ディーノさんそれ逆効果、と綱吉がやや引きつり気味の顔で呟くがもう遅い。

「ちょ、待て恭弥。あいつはほんとやべーんだって。いや人間としては良い奴なんだけど、
 馬鹿みたいに強いくせに戦うのあんま好きじゃなくってだな。
 お前みたいなのにつきまとわれたらオレ絶交されるかもしれねえからやめてくれ」

どんどん墓穴を掘っていく自称師匠を雲雀は面白がるような目で見た。
もともとたれ気味の瞳がさらに垂れ下がって、なんとも情けない顔になっている。
おまけに絶交されるからやめてくれ?
この人も相変わらずへなちょこだなと雲雀は鼻を鳴らした。

「なに、そんなに大切な友人なわけ」
「そうなんだ。ザンザスとスクアーロとも友人でな、まあ、幼馴染みみたいなもんかな。
 一時期さっぱり消息が掴めなくなって死んだかなって思ってたらひょっこり帰ってきて、
 『残りの人生はのんびりまったり悠々自適ライフを送りたいからお前ら絶交な』とか笑顔で言ってザンザスがキレたりスクアーロが本気で殺そうとしたり屋敷が半壊したりとにかくいろいろあって、最終的にはなんとか個人の頼みだったらまあ聞いてやらんでもない的に丸く収まってくれた大切な友人なんだ」

一息で言い切ったディーノの顔はへらへらと困ったように笑っているが、目はちっとも笑っていなかった。
この女性に大変人気な甘い顔立ちのボスは怒ると結構こわいのだ。
綱吉はうわあディーノさんもだいぶキレてるなーと思いながらあえて触れずに笑顔でスルーし、雲雀はふーんと適当に流した。

「まあ、お前より強いのだけは確かだから、逃げられるとは思うけどな。
 ターゲットも二人いるからかぶる確率は低いだろうし。
 もし会えても闘るのは仕事終わってからにしろよ」
「結局あなた、僕をその友人と闘わせたいの闘わせたくないの」

ディーノの言葉は、闘わないでくれと言っている割には雲雀の興味をそそるようなことばかりを言っている。
もし本当に闘って欲しくないのであればずいぶんと雲雀の性格をわかっているディーノのことだ、わざわざ強いだなんて言わないだろうしまず今回の仕事も頼まなかっただろう。
この男にしては珍しいほどに回りくどく矛盾している。
ディーノはへらっと笑った。

「いや、な。お前にストーカーされて絶交されんのも困るんだが、
 これであいつがもうちょっとやる気だしてくれたら嬉しいなーなんて」
「つまり僕を利用しようとしているわけ」
「いやいやそういうわけじゃ、ねーわけでもねぇか」

ディーノはぽりぽりと頬をかいてみせた。
雲雀がその友人とやらに戦いを挑んで負けてつきまとうという未来はディーノの中でもはや確定されているらしく、それが雲雀は気に入らない。
戦いを挑むところまでは良いが、負ける気は毛頭ないのだ。
ついでに利用されてやるつもりもさらさらない。

「まあ、いいよ。ターゲットと一緒に咬み殺すだけだからね」

だけどとりあえず強い奴が三人もいるということで今の雲雀は機嫌が良かったから、あえてその思惑にのってやることにする。
すぐに発つよと言い置いて、雲雀はボスの部屋を後にした。





「いいんですか、ディーノさん」
「何が?」
「その、ご友人のことです」
「ああ。いーんだよ、別に。ただの嫌がらせだから」
「は?」

綱吉が聞き返すと、ディーノはにやりと唇の端をつりあげてみせた。
ボスらしい、男前な顔だ。
だけどどこかしらに黒いものが見えたような気がして、綱吉は心のなかでうわあと呻いた。

「あいつ、逃げるのがとにかく上手くてだな。飲みに誘えばちゃんと誘われてくるくせに、
 仕事を頼もうとすると全く居場所が掴めなくなるんだよ。腹立ってこねえ?」
「えーと、いや別に、オレは」
「オレもザンザスもスクアーロもあいつには勝てねーんだよ。
 まずそれだけでけっこう悔しいってのに、そのあいつがのんびり悠々自適ライフとか言って小さな時計屋で毎日時計いじったり公園で昼寝してたりすっげー美人な妹とメシ食ってたりするのって、なんかむかついてくるんだ」

はあ、と適当に相づちを打って、綱吉は思わず遠い目をしたくなった。
風の噂で、というか側近のロマーリオ→リボーン経由で最近ディーノが年下の女性に片思いをしているらしいということは知っていたが、超直感に従って考えればきっとその片思いの相手というのがその美人な妹さんなのだ。
かなり惚れ込んでいるにもかかわらずずいぶんと苦戦しているようなので、おそらくその友人に何かからかいのようなことを言われて仕返しをしてやろうと思って愛弟子を仕掛けたに違いない。
これじゃただの子どもの喧嘩だ。

「まあとりあえずこれであいつも動かざるを得なくなるだろ。ざまーみろだ。
 いっそのこと恭弥に喰われてろ。ツナ、協力感謝するぜ。ありがとな」
「いえいえ」

だめだこの人完全に壊れちゃってる。
少々ネジの飛び気味な兄弟子に、綱吉はもはや作り笑いを浮かべるしかなかった。





T 抹殺任務

少々ギャグテイストな感じだと、書くのはけっこう楽です。キャラは壊れ気味ですが(笑)
一応、ディーノやスクアーロたちはまだ一応三十路にはなってない、はず…? ギリギリで。
そんなこんなでアバウトな感じのお話ですが、しばらくお付き合いいただけると嬉しいです。

08.05.31