移り香は甘く重く

上手くいかないランに嫌気がさして路地裏で一服中。

「A.T.やるなら煙草は駄目だよ、カズマ君」

一瞬にして唇から消えた煙草、咎めるような声。
淡々と諭すように言われて、カズは慌てた。

「か、加奈さん!」
「速く走れるようになりたかったら禁煙しなさいって言わなかった?」
「‥‥すんません」

努力はしてるんだけど、と口の中でもごもごと言い訳を並べてみるも情けなさが倍増した気がして、カズはさらに落ち込んだ。
と、そこで気付く独特の苦い香り。
くんと鼻をならしてその発信源を探り当て、カズは思わず突っ込んだ。

「って加奈さんも吸うんじゃないっスか、タバコ」
「わたしは吸わないけど」
「え? だって‥‥、ほら」

もう一度強く息を吸い込めば鼻の奥に広がる甘く苦い香り。
ふと、その香りをどこかで嗅いだことがあるような気がして、カズは記憶ひっくり返してみた。
そしてとある人物に思い当たりぴしりと固まる。
一方自分の腕に鼻を近付けた加奈は、驚いたように目を見張った。

「香りが移っちゃったのね。さっきまで一緒にいたし」
「あ、の‥‥加奈さん」
「どうしたのカズマ君」
「誰と一緒にいたのか、聞いてもいいっスか」

ダラダラと全身を流れる冷や汗。
そんな、まさか。
この年上なのに小柄で親しみやすい先輩ライダーが、ライダーの宿敵ともいえるあの男と一緒にいるわけがない。
頼むから記憶違いであってくれとのカズの願いは、だがしかし加奈の言葉によりあっさりと打ち砕かれた。


「海人だけど、それがどうかした?」


あぁ、やっぱり。
加奈の移り香は同じチームメンバーの小さな鮫と同じものだった。
まさか掴まっていたのではないかという嫌な考えがカズの頭をよぎり、不安は焦りへと変わっていく。
だがチキンハートが代名詞となりつつあるカズマには、恐ろしくて聞くことができなかった。


ミーティングがあるからと去っていった小柄な後ろ姿を見送って、そのまま猛然とアジトへダッシュ。
勢いよく駆け込んで来たカズマにメンバーがなんだなんだと騒ぐ中、カズマはうとうとと惰眠を貪っている小鮫を無理矢理起こした。
いつもうっと身を竦ませるような小鮫の不機嫌な瞳も、この時ばかりは効果なしだ。

「加奈さんからお前の兄貴のタバコの匂いがしたんだけどっ!?」

叫べば、目を剥くメンバーとなんだそんなことかと呆れを滲ませる小鮫。
べしりとカズマの頭をはたくと、小鮫はなんでもないような風にさりげなく爆弾を投下した。

「トレーラーに入り浸ってるんだから当然だろ」
「なんで加奈さんが入り浸ってるんだよ!?」
「そりゃ、決まってンだろ」

野次馬で集まってきたチームメンバーに囲まれた中、ぐっとのびをしながら咢はさらっと言い放つ。



「あいつら付き合ってるから」





「「「えーーーーーーっ!?」」」





小烏丸のアジトに絶叫が響いた。




■Hunt the Hunt // 美鞍葛馬 and 加奈

07.06.27