01:




「咢っ アーギトー」
「ファック! うるせェ何度も呼ぶな」
「いやだって呼んでも止まってくんねぇんだもん。俺かなしー」
悲しい、そう言いながら笑って頭をなでてくる男に、咢は内心で毒づいた。

ファック、だから止まりたくなかったんだ。

この男の笑顔を見ると、いらいらしてくる。
頭をなでられると、思わずその手を叩き落したくなる。
それがなぜなのかは、自分でもよくわからないのだが。
出会ったときから、初めて会ったときから、この男の一挙一動が咢のかんにさわって、落ち着かない。
「なぁなぁ、競争しようぜ。昨日はできなかっただろ」
昨日。
そう、この男と知り合ったのはつい昨日のことだった。
通りすがりの咢にA.T.の微調整をしたいが道具がないから貸してくれと声をかけてきたこの男にドライバーを貸して、少し話しをした。
しばらくして海人から戻ってこいと電話が入って、同時に男の微調整も終わって、そこでさようなら。
別れる直前に名前を聞かれて、答えて、だけど自分は聞き返す余裕が無かったから、自分はまだこの男の名前を知らない。
聞いても良いのだが、今更のような気がするから聞かないでいる。
どうせ名前を呼ぶことなんてないのだ。
不便はたいして、ない。
「こっからあの廃ビルのてっぺんまで走って、負けた方がひとつ言うことを聞く。な、やろーぜ?」
にかっとまた笑って、男は遠くに見えるビルを指差した。
まぶしい。
脱色して灰色のような色の髪になっている男の笑顔を見て、
咢はそう思った。
「咢?」
「・・・・・・ファック」
「え、なに? 俺なんか変なこと言った?」
「違ぇ」
ファックファックファック、いらついた心の中で連呼して、咢は男の足を蹴りつけた。
「いってぇ! なになに!? 暴力反対!」
「うるせェ、競争すんだろ。置いてくぞ」
「あっフライング! ずりぃぞ咢っ!」
スタートなんてまともに切らないで、咢は駆けだした。
はやく、はやく。
力一杯蹴りつけて、このもやもやとした心を風に流せるくらいに、速く。
アイツはどうしたかな、と咢は後ろを振り返った。
自分はあの男の実力をまだ知らないのだ、そこまで経験の浅い者ではないようだが、もしかしたら置いてきてしまったかもしれない。
だがそんな咢の考えは杞憂に終わった。
ふっと隣を通り抜けていく、黄色い影。
慌てて視線で追えば、蛍光イエローのパーカーを腰巻きにしている背中。
振り返った顔には黒と黄色でフレームを着色してあるゴーグル、にやりと笑んでいる口元。
「本気ださねぇと、俺勝っちゃうぞー?」
けたけたと笑った男に、咢もむきになって走り出した。




Hunt the Hunt 01:

2006.7.20
2008.7.20 修正