友達を探して天鳥船中をさまよっていた千尋は、最終的に堅庭にたどり着いた。
なら堅庭にいるんじゃないの、よくあそこで昼寝してるから。
そう言った那岐の言葉を信じて来てみたものの、そこにはアシュヴィンの相棒の黒麒麟がぽつんと座り込んでいるだけで、人っ子一人いやしない。

「ここもハズレかあ……」
「何がハズレなんだ? 千尋」

はあ、と大きなため息を吐く。
後ろから声がかかって振り返ると、そこにはアシュヴィンがいた。いつも皇子様の側にくっついているはずのリブの姿は、ない。

ちゃんを探していたの。那岐が堅庭にいるんじゃないの、って言うから来てみたけど、黒麒麟しかいないし。あれ、アシュヴィンの黒麒麟でしょ?」
「いや。あれは、俺のじゃない」
「え?」

軽く頭をふりながら否定されて、千尋は思わず黒麒麟の方を振り返る。
二人分の視線を受けた黒麒麟は、しかし気にせずうとうとと眠たげに頭を揺らしていた。

「違うの?」
「俺は喚んでないからな。あれは、姫のじゃないのか」
ちゃんの?」

黒麒麟と言えば真っ先に思い浮かぶのは目の前にいる常世の皇子だが、そういえば彼女も使役していたのだったと千尋はようやく思い出した。

中つ国の二ノ姫が五年もの歳月を過ごした現代からやってきたという少女は、千尋とは違いあちらの世界の出身だというのにいきなり異世界に飛ばされてもさして慌てることもなく、すぐにこちらの世界に馴染んでしまった。
それどころかいつの間にか黒麒麟まで従えているのだから、彼女のことを同じ学校のクラスメイトとしてしか認識していなかった千尋はかなりのショックを受けたものだ。

「そういえば、ちゃんも黒麒麟従えてるんだっけ」
「ああ。いまだにあまり信じられんがな」
「だよねぇ…」

黒麒麟を使役するには、彼らと戦って勝利しなくてはならない。
が黒麒麟を従えているということはつまり彼女は勝ったというわけで、それだけの戦闘能力を備えているということだ。
いざ戦になると自分の戦いだけでいっぱいいっぱいになってしまう千尋はの戦う姿をあまり見たことがないけれど、戦闘能力の高い人たち――いまここにいるアシュヴィンや忍人や風早曰わく、彼女の剣の腕は相当のものらしい。
現代で生まれ育ったはずなのになぜ彼女が剣を振るう術を身につけているのかは、本人が多くを語ろうとしないためにいまだに謎に包まれたままだ。

「じゃあ、近くにいるのかな? ねえ、ちゃんがどこにいるか、知ってる?」

前半の疑問は独り言に近く、後半はぺったりと座り込んでまどろみかけている黒麒麟に向けて発せられた。
千尋が驚かせないようにそっと近づいてしゃがみこみ視線を合わせると、黒麒麟は眠たげな赤黒い瞳でじっと見つめてきた。
まるで観察されているような、それでいて決して不愉快にはならない、不思議な色。
よくよく見ると、アシュヴィンの黒麒麟と雰囲気が少しだけ違うことに気づいた。
アシュヴィンの黒麒麟を男性的で雄々しいと表現するならば、この黒麒麟はその巨体にも関わらずどことなく母性を感じさせるような、柔らかい感じがする。黒麒麟に性別があるなんて聞いたことはないけれども。
それにしても、この黒麒麟はやけに体格が立派だった。アシュヴィンの黒麒麟よりも、確実にふたまわりは大きい。
千尋が視線を合わせたまま辛抱強く待っていると、ふいと黒麒麟が視線をそらした。
そのまま首を曲げて下ろして、本格的に寝る体勢に入ろうとする。

「振られたな」
「そんなぁ…」

千尋の横に移動していたアシュヴィンが、からかうように言った。
千尋はがくっと肩を落として、大きなため息をつく。
地道に探すしかないかな、と立ち上がったところでかすかな足音と共に声がかかった。

「おや、お二人とも。そのようなところでいかがなさいましたか」
「柊」

新たに現れた第三者は、柊だった。
いつものように、感情の読み取れない柔らかな笑みを浮かべて、二人と一頭のもとへと歩み寄ってくる。
草が繁ったその上で眠っている黒麒麟を見つけて、ふと目元を和ませた。
千尋はそれを見て、珍しい、と瞬く。

「あのね、ちゃんを探してるの。でも、見つからなくて。
 ちゃんの黒麒麟に聞いてみたんだけど、無視されちゃったの。柊、知らない?」
「知っている…、というより、いるであろう場所をお教えすることはできますが。
 我が君は、何故彼女を探しておられるのです?」

柊にしては珍しい言い方だ。彼はいつも、千尋の疑問に対しては自分が答えを持っていてもいなくても明確にそれを示す。
千尋は不思議に思いながら頭一つぶん以上も高い柊を見上げた。

「カリガネが、新作のお菓子を作ってくれたの。
 一緒に食べようと思って、呼びにきたんだけど」

そうこたえれば、柊はそれは素敵ですね、彼女も喜ぶでしょうと微笑んだ。
いつもの何か裏の有りそうな微笑み方ではなく、本心からであるらしい素直な笑み。
また珍しいその表情に千尋が困惑するより早く、柊はその長身を屈めて、暖かな日差しの下完全に寝入っている黒麒麟の前に片膝をつく。

「というわけなのですが、いかがでしょう」

というわけ、がどういうわけなのかすっぽり抜けた台詞だったが、どうやら黒麒麟は寝たふりをしながらもしっかりと人間達の会話を聞いていたらしい。
緩慢に頭を持ち上げてじっと柊を見つめると、おもむろに立ち上がった。

「あっ」

その下から現れた光景に、思わず千尋が声を上げる。
アシュヴィンも、驚いたように息をのんだ。
ただ一人、柊だけは驚くこともなく黒麒麟の下から現れた鮮やかな青い存在に手を伸ばす。

。起きてください。我が君がお呼びですよ」

目元にかかった青い髪をはらい、そっと白い頬に指を添えれば、ん……、と小さな声が漏れた。
柊は、千尋が今まで聞いたこともないくらい優しい声で、黒麒麟の腹の下で守られるように丸くなり眠っていた少女の名を呼ぶ。

姫」
「……ひいらぎ?」
「はい。おはようございます」

寝ぼけているのか、舌足らずな発音で、が柊を呼んだ。
文字通り瑠璃色の、眠気に溶けた瞳が自分の頬をなでている男の顔を捉え、細められる。
頬を滑る柊の指先に気持ちよさそうにされるがままになっている様は、まるで主の膝でくつろぐ猫のようだ、と千尋は思った。

「千尋が、なに…?」
「カリガネ殿の新作のお菓子を、ご一緒したいとのことです。食べられるでしょう?」
「ん、」

柊が優しく囁くと、は小さく頷いて、それからゆっくりと身を起こした。
日の具合によって色が変わるように見える青銀の長い髪がさらりと流れ、少し乱れているそれをごく自然な動作で柊が整える。
すり寄ってきた黒麒麟の首筋を撫でて、ありがと、とふんわり笑う。
ふと千尋が黒麒麟の大きさがアシュヴィンの黒麒麟と同じくらいになっていることに気付いたときには、もう姿を消していた。

「あれ、千尋、アシュヴィン、いたの?」

柊の手を借りて立ち上がったはそこでようやく二人の存在に気付いたらしく、首を傾けた。
彼ら二人のやりとりにわずかに首筋を赤くした千尋とは反対に、眠気から脱出した瑠璃色の澄んだ瞳からは一連のやりとりを見られたことに対する恥じらいなどはいっさい読み取れない。
アシュヴィンが、面白そうに柊との顔を見比べて、ほぅ、と呟く。
何と言えば良いのかわからなくなってしまった千尋はさあ行きましょうという柊の言葉にとりあえず頷いて、四人は堅庭を後にした。





「ねえ、風早」
「なんですか? 千尋」
ちゃんと柊って、恋人なのかなあ」

その日の夕食の後。
話題の二人がその場にいないのを確認してからそう尋ねれば、風早はちょっと驚いた顔をして、どうしてですかと言った。
昼の出来事を報告すると、風早は苦笑いを浮かべた。
隣で聞いていた那岐は、呆れたような顔だった。大きくため息をつく。

「私、ちゃんが黒麒麟を布団代わりに昼寝してるなんて知らなかった」

堅庭にぽつんと黒麒麟がいるという光景は、今までにも何回か見ていたのだ。
てっきりアシュヴィンの黒麒麟かと思っていたけれど、よくよく考えてみればアシュヴィンは戦闘時以外ではあまり喚ばないし、召喚したとしても一頭でアシュヴィンの側から離れることはあまりない。
つまりあの黒麒麟はの相棒で、その腹の下には昼寝中の彼女がいたということになる。
わざわざ姿を大きくしているのは、主の姿が完全に腹の下に隠れるようにという黒麒麟の配慮の結果らしいということを本人から聞いたときは、思わず脱力してしまった。

「僕は知ってたよ」

満腹で眠くなってきたのか、あくびをかみ殺しながら那岐が答えた。
千尋は驚く。

「どうして那岐が知ってるの?」
「昼寝場所がだいたい一緒なんだよ。僕もときどき尻尾を借りてるし」
「……もしかして、枕に?」
「そう。気持ちいいんだよね」

那岐は頷いて、隣の風早の方を見た。
あんたは?と視線を向けられて、風早は困ったように眉を下げた。

「知ってましたよ。柊が彼女にはやたら甘いことも、彼女が柊にかなり心を許していることも。
 書庫で柊の膝を枕に眠っている姿を何度か見てますしね」
「そうなの?」
「はい」

自分のことでもないのに風早は少し恥ずかしそうに笑った。
人目につかないところでは、けっこうべったりしてるみたいですよ、と付け加える。
千尋はその光景を想像して赤くなった頬を両手で挟んだ。
あの柊と、が。

「まあ、千尋が気づかなくても仕方ありませんよ。俺も最近知ったばかりですし」
「僕も。まったくいつからああなんだか…」

最近なんか柊が昼寝中にを起こしにくる度に僕が横にいるってのにいちゃつくんだからやってられないよあの二人、と那岐が不満を漏らした。
風早が苦笑して、まあまあと宥めている。

そういえば、食事のときや話し合いのときなど大人数でいるとき、二人はさりげなく近い位置にいる。
大抵は那岐や遠夜もその近くにいることが多いから、いままではあまり騒がしいのを好まない人たちがなんとなく固まっているだけかと思っていたのだけれど、もしかして違うのだろうか。

「私、明日から二人の前で普通にできる自信、ないかも…」

赤くなった頬を押さえたまま、千尋は小さくため息をついた。


夢守人


後書きという名の盛大なる言い訳

遙か4未プレイ(というか、ちょっとだけ進めて止まってる)のくせに、設定集を読んでどうしても書きたくなったので書いてみました。
たぶん、プレイした後にいろいろと修正することになると思うので、おかしいところがあってもあーまだゲームやってないんだなってことで流してやってくださいませ(土下座)

とりあえず、黒麒麟の腹の下で眠る夢主とそれを起こす柊が書きたかった。
夢主が黒麒麟を使役している設定なのは、どうしても柊夢でこのネタを使いたかったからです。
お相手がアシュヴィンだったなら恋人であるアシュヴィンの黒麒麟の下で眠る夢主で済んだんですけど、いかんせん私が柊大好きなので…。
あ、アシュヴィンも好きですよ。柊の方が愛が大きいだけで(笑)
まあ、もともと夢主の戦闘能力は高い設定なので問題はないのですが。
裏設定がいろいろとあるのです。

ちなみに夢主の黒麒麟はものすごく母性あふれる面倒見のいい性格です。黒麒麟に性格があるのかは知りませんが…。
そこらへんで適当にころんと寝てしまう夢主が風邪をひかないように試しにお腹の下であっためてあげたら、気持ちよくてぐっすり安眠できた夢主がすっかり気に入ってしまって以来ずっと主の健康と安眠を守っています。
夜中に夢見が悪くて飛び起きたときなんかも呼び出されたりね。
まあ夜のお守りは途中から柊のお仕事になるんで黒麒麟の出番はもっぱら日中ばかりですが。

にしても柊が偽物だ…。優しくしすぎた気が。
いや、まずゲームしてない時点でアウトだけど。ちょっとこれからやってきます…。

2011.2.2 執筆
2012.8.3 プチ修正


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