ミルフィオーレファミリーのボス、白蘭はマシュマロが大好きだ。
それこそ周囲があきれかえる程に異常な愛を注ぎ、しばしば恋人である百合によってマシュマロストップがかかる程である。
そんなある日のこと、一週間ぶりの休暇から戻った百合は姿の見えない白蘭を探して彼の私室へと向かっていた。
――思えば最初からおかしいとは思っていたのだ。
百合が休暇を取ろうとするたびにただをこねて簡単には許したがらないはずの白蘭が今回に限ってはあっさりと許可をだしたり、早く帰ってきてねといつまでもくっついて離れない見送りがゆっくり羽根をのばしてきてねと笑顔であったり、不審な点はいくらでもあった。
おまけにいつもなら百合が戻ってくる日は警備の人間が泣くにも関わらず満面の笑みで玄関まで出迎えに来るというのに、来なかったのである。
自惚れているつもりは全くないが、これは明らかにおかしい。
代わりに出迎えてくれた入江正一やユニに尋ねても、二人とも首を横に振ってわからないと言うだけだった。
『白蘭サンが変なんです。この一週間、ずっと執務室にこもっていつもの五倍のスピードで仕事をしたかと思えばフラッと姿を消すの繰り返しで。何をしてるのかと聞いても笑顔ではぐらかすだけだし。お願いです百合さん、白蘭サンが一体何を企んでいるのか真相を解明してください。僕じゃもうどうにもならないんです!』
そう言ってキリキリと痛むお腹を抱えて顔色真っ青な入江正一を医務室に押し込み、ユニとはお茶の約束をしてから別れた後、そのままの足で百合は白蘭の執務室に向かった。しかしそこに白蘭の姿はなく、ちょうど入れ違いで数分前に白蘭は出て行ったのだと執務室の護衛が教えてくれた。執務室の扉には白蘭の字で、『百合チャン以外はしばらく探さないでください』との張り紙がしてあった。その紙に八つ当たりの拳を叩き込んで護衛から見事なパンチです百合様…!との惜しみない拍手と尊敬の念を勝ち取ったりもして、いま現在こうして白蘭の私室へと向かっているのである。
「あのクソボス、見つけたら絶対にはっ倒す」
いらいらとした足取りで足早に廊下を進んだ百合はようやく目的地へと辿り着いた。カードを提示し、静脈認証やらの各チェックを済ませて厳重に守られた扉を抜ければ、その先には真っ白な空間が広がっている。白に囲まれた環境が大嫌いな百合とはいえ、ここまで徹底されればいい加減慣れようというものだ。一番奥の寝室の扉を半ばやつあたり気味に勢いよく開け放つと、果たして中には白蘭がいた。なんと、ボス自らベッドメイキング中だ。
「あっ百合チャンおかえり! お出迎えできなくてごめんね! 百合チャンが戻ってくるまでにどうしてもコレを完成させたくってさ」
「…コレ?」
「そう、コレ」
そう言って白蘭が指差したのは、正にいま彼がのっかっている巨大なベッドだった。ダブルサイズよりさらにでかいそのベッドは一週間前に見たときのものとは違う、見た目的にやけにふかふかとしたものだ。
手早くベッドを整えた白蘭は勢いよく飛び降りるとぎゅうぅと百合をだきしめた。百合の感触を確かめるようにぎゅうぎゅうと苦しいまでに抱きしめてくる。白蘭の肩口に顔をうずめるような体勢のまま黙ってそれを受け入れていた百合は、白蘭が満足した頃合いを見計らって顔をあげた。
「ボス。あなた、これを秘密で作るためにわたしの休暇を許可したの?」
「うん、そうだよ」
にこにこと笑って白蘭は答えた。百合チャンを驚かせたかったの!と嬉しそうに言う。
「手触りとか柔らかさとか、いろいろこだわってみたんだよ! これぞミルフィオーレファミリー開発部の傑作、その名もマシュマロベッド!」
にこにこにこにこ、満面の笑みで、白蘭は言う。さも自慢げに、コレを作るために仕事もちょう頑張ったんだよ褒めて!などと言いながら百合をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「………………」
据わった目をしてしばらく黙っていた百合は、無言で白蘭の鳩尾に一発いれると背負い投げを繰り出した。
「うっ!?」
ひらりと宙を舞った白蘭の身体はそのままボフンとベッドに沈みこむ。しかしこだわったという柔らかさのおかげか大したダメージもなかったらしい彼は勢いよく跳ね起きるとがっしりと百合の手首をつかんだ。そのままあっという間に百合をベッドへと引きずり込む。
気がつけば上に乗った白蘭と柔らかなベッドに挟まれていた百合は、半眼で白蘭を睨みあげた。全く、このボスは!
「…ボス、邪魔。どいて」
「ボスじゃなくて、白蘭でしょ?」
唇が触れ合うギリギリまで顔を近づけて白蘭はにっこりと笑った。ベッドの中では名前で呼ぶというのが白蘭が百合にねだって実現したルールのひとつなのだが、百合は機嫌が悪いときは容赦なくボスと呼ぶ。それがわかっていながら、白蘭はなおも笑みを深めた。
「だってさ、百合チャン、白に囲まれるの、キライなんでしょ? でも僕は白が大好きだから、これだけは譲れないわけだ。だからせめて寝心地だけでも最高級にしようと頑張ったんだよ」
本当は本物のマシュマロで作ろうと思ったんだけどね、すぐに溶けて全身べとべとになるから諦めたんだよー。
百合の肩口に顔を埋めて、白蘭は楽しそうに言う。確かにとんでもなく手触りの良いベッドに深々と沈んで、百合は大きなため息をついた。なんだかもう馬鹿らしくって怒る気にもなれない。というか、これは怒るだけ体力気力時間の無駄だ。
「今日のぶんの仕事はぜんぶ片付けたから、このままお昼寝しよう!」
百合の額にキスをひとつ落として、白蘭が笑う。
どうせもう何を言っても無駄なのだろうということは悲しいかな経験から嫌と言うほどにわかっていたから、仕方なくそのまま抱き枕になってやることにした。

マシュマロベッド

『白い10題』 より 「マシュマロベッド」
白でマシュマロときたら白蘭しかいないでしょ!というわけで王道ネタをば。

2009.09.03