『条件が、あります』

懐かしい、夢を見た。
あれは一年前、逃げる彼女を追いかけて追いかけて追いかけて、ようやく手に入れられた日のことだ。
ついに追い詰めた自分を睨みつけるように見据えながら、彼女は今とは違ってひどく丁寧な言葉遣いで言った。

『わたしは絶対に、白い服は着ません。それがたとえ規則であろうと、死に装束であろうと。白を身に纏うつもりは一切ない』

強い意志の宿った彼女の瞳は、黒曜石のように鋭利な光を放っていた。
触れれば魂さえ断ち切られてしまいそうなほどに、鋭く。

――白い服を着せない、愛を強要しない、彼女の過去を探らない。

他にもいくつかの条件はあったけど、この三原則を絶対に守ることを条件に、自分は彼女を手に入れた。



それが、今からちょうど一年前の、話だ。







「ねえねえ、チャン」
「なに、ボス」
くるりと振り返ったからは、ふわりと花の香りがした。
これは別に白蘭の移り香などではない。
もともと花を好むは白蘭に出会う前から花の香りを漂わせていた。
香水を一切使わないかわりに数十種類の花びらを混ぜて湯でだし、それを服に移すことでほのかな香りを身に纏うのだ。
「なんでチャンは、白が嫌いなの?」
今彼女が着ているのは白蘭の統べるホワイトスペルの隊服ではなく、ユニが統べているブラックスペルの黒い隊服。
もちろん所属も正式にはユニの隊に置いてあり、白蘭の執務室には派遣という形をとっている。
ミルフィオーレファミリーに入るときの条件のひとつは絶対に白を身につけないことであったのでブラックスペル在籍ということになったのだが、白蘭はどうしてがそこまで白を嫌うのかまだ理由を知らなかった。
本人曰わく、“他人が白を着たりするのは構わないが自分の身体が白いもので覆われるのは絶対に嫌”らしい。
実際に彼女の部屋の内装からは白が徹底的に排除され、壁紙やシーツ類、タオル、家具などに白は一切見受けられなかった。
身体を覆わないもの、たとえば食器の場合は好んで白を選ぶというのにこの落差は何なのだろうか。
執務室のすみに付いている簡易キッチン、そこで花茶の準備をしていたはしばらく無言で隣に立つ白蘭を見上げていたが、やがて小さなため息を吐き出した。
「白は全てを塗りつぶすから、嫌いなの」
そっけなくそれだけを答えると、は柄が異様に長い銀の匙を手にとって中断していた作業を再開した。
彼女が自分で持ち込んださまざな種類の花びらが入ったビンをいくつか選び出すと、丁寧な動作で花びらをポットに移し始める。
それからすぐに熱い湯を注ぐと、やわらかな花の香りが広がった。
は茶葉を使わない、花びらだけの花茶をよく好んで飲んでいる。
正直味はあまりないのだが、本人曰わく香りと作法を楽しんでいるだけだから味はどうでもいいのだという。
まぁ確かに、彼女は香水のかわりに花茶で香りを身につけているような人だから、よほどこの花茶が好きなのだろう。
充分に香りを楽しんだ後、よく香りのでた湯をカップに移し、オレンジを濾したミルクを注ぎいれる。
花の香りと牛乳の甘さ、それからオレンジのさわやかな味を同時に楽しめる牛乳のサモレと言うこの飲み物は、彼女が一番好んでいれる飲み物だった。
「はい、持って」
同時に焼きあがったいくつかの焼き菓子の皿を白蘭の手に押し付けて、自分は二人ぶんのカップをテーブルクロスのひかれた窓際のテーブルへと運んでいく。
何を作っても消し炭状になる白蘭とは違っての作った焼き菓子は香ばしい香りを放ち、ちょうど小腹のすいてきた白蘭の食欲を誘った。
天気は晴れ、今日みたいな日にパフィオペディラムの最上階から見える景色は最高だ。
向かい合うように席について、三時のおやつが始まった。

魅惑の紫色 1


2009.04.01