数種類の乾燥させた花びらを柄の長い匙ですくって、熱い湯のたっぷりと入ったポットに移し入れる。とたんに広がる瑞々しい香りは今の季節にはもう咲いていない花のものも混じっていて、まるで時間を早送りさせたような錯覚をユニに覚えさせた。これは、金盞花の香りだろうか? ユニが見つめる先では、ドン・ミルフィオーレの恋人であるが自分で焼いたというスポンジケーキを切り分けて綺麗に皿に盛りつけている。しっとりと蜜を含んだケーキからも広がる甘い香りが花茶の香りと混ざり合って、育ち盛りであるユニの胃袋を刺激した。 十分に花の香りを楽しんでからオレンジを濾したミルクを加えれば、がよく愛飲している花茶のひとつ、牛乳のサモレの完成だ。 現在時刻は午後の三時すぎ。 ミルフィオーレファミリー第1カレンドラ隊隊長であるユニとボスの恋人であるは、パフィオペディラムの上階につくられた植物園の一角で小さなお茶会を開いていた。 「さん、このケーキとてもおいしいです」 「いい蜂蜜が手に入ったから、使ってみたの。黒こげにされるのはもったいないからボスにはまだ言ってないんだけど」 だから内緒ね、といたずらを企てる子どものような顔で言われて、ユニは小さく笑った。食べるのが大好きなくせにもはや救いようがないほどに料理の下手な白蘭の腕前は、ユニもよく知っている。何しろ彼がつくるものといえばほとんどが真っ黒焦げになっており、原材料の影形すら残っていないものばかりなのだ。腹心の部下である入江正一などはそれをヘドロ、もしくは産業廃棄物などと呼んでいるがまさにその通りで、自分でもときどきお菓子などをつくっているはボスの餌食になるにはもったいない食材を隠すことすらある。今回の蜂蜜もボスの魔の手から逃れてきた一品のようで、確かに今までに食べたどの蜂蜜よりもよほど美味しかった。 ちなみに、今が着ている隊服はブラックスペルのものだ。これは白蘭によって半ば強制的にミルフィオーレに入ることになったが頑として白い隊服を着ることを拒んだからなのだが、実際彼女には白よりも黒の方がとてもよく似合っていた。ユニのみたいにへそだしにしてみない?と言った白蘭がに思いっきりぶん殴られたという噂を聞いたこともあるのだが、きっと事実なのだろう。 などということをスポンジケーキの甘さを楽しみながら考えていたユニは、そこでふと思った。 彼女は、どうして白蘭の恋人になることを受け入れたのだろうか。 何しろ白蘭と出会ったばかりの頃のは白蘭の熱烈な求愛をことごとく拒絶していたのだ。その逃げっぷりと言ったら見事なもので最終的には白蘭がミルフィオーレを総動員するにまで至ったのだが、ミルフィオーレの優秀な情報部相手に一時は足取りすらさっぱり掴ませなかったこともある。白蘭の恋人になってからも決して自分の信念は曲げず、ときには強烈な一撃をもって自分の意思を貫き通す彼女が白蘭のどこに惹かれて今に至ることになったのか、ものすごく興味がわいた。 「あの、さん」 「なに?」 二杯目のサモレをいれていた百合が、軽く首を傾げてくる。お礼を言ってカップを受け取ったユニは、思い切って訊いてみることにした。 「どうしてボスの恋人になったのか、聞いてもいいですか?」 自分の分のカップにサモレを注ぎ入れていたの手が、一瞬だけ止まった。それからぱちぱちと大きく瞬きをすると、ふっとその表情が緩む。 ポットを置いてカップを持ち上げたは、ふふっと微笑んで言った。 「顔が好みだったから」 「……顔、ですか?」 「そう。けっこう面食いなの、わたし」 そう言って、にっこりとは笑顔をみせた。 確かに、ユニの知る限りのお気に入りの隊員たちはタイプは違えど皆それなりに整った顔を持っていた。しばしばの手合わせもといストレス解消に付き合わされてボロボロにされるも、顔だけはいつも無傷なのである。だがしかし、あれほど逃げ回っていたというのに顔が良いという理由だけでそんなにあっさりと恋人になれるものなのだろうか。 黙ってしまったユニを見て、はくすくすと小さく笑った。 「面食いとは言っても、美形ならなんでもいいわけではないよ。わたしは色素が薄くて、線が細いタイプが好きでね。特にすみれ色の瞳には弱いんだ。思わずくり抜きたくなるくらい」 目を細めながらは言った。最後の物騒な発言に突っ込むべきかどうかユニは激しく迷ったが、結局触れないことにした。ちょっとぶっとんだぐらいの人間でないと、そもそもあの白蘭の恋人なんてものは務まらないだろうと思ったからだ。 「でも、はじめはあんなに逃げ回ってましたよね?」 「うん。まだ前の主との契約が残ってたから」 「前の主、ですか?」 「薄い金髪にすみれ色の瞳をもった美形だったんだけど、彼の隠密やってたの。ボスに初めて会ったのもその頃で、まだ契約が切れる前だったから逃げ回ってたんだ」 初めて聞く話に、ユニはとても驚いた。何しろの過去については彼女の妹弟子の情報屋によって徹底的に手が加えられていて、については一番詳しいはずの白蘭ですらあまりよく知らないのだ。それをこうもあっさりと話してくれるあたり、ユニを信頼してくれているということなのかもしれないがそれにしても。 「最初にボスを見たときに何この男って思ったのは事実だよ。自分勝手だし強引だし笑顔の裏で何考えてるんだかわからないし。でも逃げてる途中で前の主との契約が終わっちゃってね。よくよく見たらボスの容姿も目の保養くらいにはなるだろうし、あんなにもしつこく追ってくるものだからまあいいかなって」 本当に嫌になったら殺せばいいだけだしね、とはさらりと付け加えた。ユニは心の中で突っ込みを入れることすら放棄して、大人しく話を聞いている。やはりあの白蘭の恋人はただ者ではない。白蘭も十分に変人と言えるが、も負けず劣らずの変わり者だ。 「やっほー二人とも! 僕も混ぜて!」 と、そこでに言いつけられた仕事を全て片付け終わったらしい白蘭が乱入してきた。彼は一応用意されていたみっつめの椅子に腰を下ろすと、の顔を覗き込んで目を丸くさせる。 「チャン、なんだかゴキゲンだねぇ。なに話してたの?」 「わたしが、あなたの顔を気に入っているって話」 「……顔?」 「顔」 白蘭のぶんのサモレを入れながらははっきりと頷いた。一方の白蘭は予想していなかった答えだったらしく、ぽかんと口を開けての顔を見つめている。 そんな二人のやりとりを見たユニは、なんとなく予感がしてそっと席を立った。ごちそうさまでしたときちんと言ってから早足でその場を後にする。 小柄なユニの背中を見送ってから、は珍しく何かを考えるかのように眉根を寄せている白蘭の前に切り分けたスポンジケーキを置いた。 「はい、ボスのぶん」 「……チャン」 「なに?」 「気に入ってるのって、顔だけ?」 の白い両手を握って、白蘭は真剣な眼差しで訊いた。はそうだけど、と答えて手を引こうとする。 「なんで?」 「色素が薄い美形が好きだから。あなたの場合は、綺麗な目をしているでしょ? すみれ色の瞳は一番すきなの」 白蘭の頬を両手ではさみ親指で彼の目もとを優しくなでながら、いつかあなたの目をちょうだいね、とは淡く微笑んだ。今にも眼球をえぐり出しそうなの指先に、白蘭の背筋にぞくりと悪寒が走る。この目は、本気だ。 「……チャン、ちょっと、こわいよ」 「そう? でも、これもあなたが望んだわたしだから」 にっこりと妙に迫力のある笑顔のがゆっくりと顔を近づけてくる。 次の瞬間、の赤い舌先が、べろりと白蘭の眼球を舐め上げた。 「!?」 驚いた白蘭が身を引くよりも早く後ろへ退いたがいたずらを成功させたこどものようににやりと笑う。 閑静なはずの植物園に、白蘭の悲鳴が響いた。 百合の逆襲
今回は白蘭をいじめてみました。普段はどっちかというと振り回す側にいる白蘭ですが、ときどきこうして逆襲を受けます。 あ、ちゃんの目玉をちょうだいね発言はあくまでからかい半分に言ったことなんで本気ではありません。…たぶん。(え) 牛乳のサモレといい、薄い金髪にすみれ色の瞳の男といい、別作品のにおいがぷんぷんしております。どの作品かわかった方がいらっしゃったら是非ともご一報ください。多いに語り合いましょう!(笑) 2009.03.05
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