ミルフィオーレファミリーのボス、白蘭サンの恋人であるさんは、その可憐な外見とは裏腹にとても強靭な鉄の胃袋を持っている。 食事のたびに軽く二、三人分はたいらげる白蘭サンに付き合ってほぼ同じ量を食べることはもちろん、食べるのが大好きなくせに料理はへたくそな白蘭サンの作るもはや産業廃棄物と言うべきヘドロ状の黒い物体を全く平気な顔をして毎日消化し続けている。 あの細い身体のいったいどこにあの量がおさまるのか、そして僕や他の構成員が一口でぶっ倒れるあの毒物を食べてもどうして何も身体に変調をきたさないのか、ミルフィオーレファミリー七不思議のひとつに数えられているほどだ。 「失礼します、白蘭サン。この間の件ですが――」 「あー正チャン、正チャンも食べる?」 「……いえ遠慮します」 急ぎの書類を持って訪れた執務室。部屋に入った僕が見たのはもくもくと黒い物体を咀嚼しているさんと、それをにこにこしながら嬉しそうに見つめている白蘭サンの姿。 室内には、何かが焦げたような臭いが充満していた。 「おいしい? チャン」 「不味い」 「えー?」 ぶぅ、と白蘭サンが頬をふくらませた。それから皿とフォークを持って、僕の方を振り返る。 「はい正チャン、味見」 「いやだから遠慮しますって」 「ハイ、あーん」 「人の話を聞け!」 全力で逃げる僕と、フォークにヘドロをのせて迫ってくる白蘭サン。 彼と違って完全なインドア派である僕が白蘭サンから逃げ切れるはずもなく、ついに壁際まで追いつめられたとき、黒い物体を最後のひとかけらまで食べきったさんが救いの手を差し伸べた。 「ボス、やめなさい」 「えー、だって一口くらいいいじゃん。毒じゃないんだし」 「それ本気で言ってるの?」 「なにが?」 ああ、この人は自分が生み出す産業廃棄物がいかに人類にとって有害かに気づいていないらしい! さんは深々とため息をついて言った。 「ボス。これからは、あなたの手作り料理を食べさせるのはわたしだけにして」 いつも泣く泣く実験台になっていた僕や構成員たちを思いやったさんの台詞を、しかし白蘭サンは全く違う方向に解釈したらしい。一拍おいて満面の笑顔を浮かべた白蘭サンがさんに抱きついて、小ぶりな彼女の顔中にキスの雨を降らせた。 「チャンチャン、あいしてる!」 さんは、一瞬コイツついに頭おかしくなったかとでもいうような顔をした。が、すぐに自分の先ほどの台詞がヤキモチと解釈されたことに気付いたらしく、その細い両肩がぶるぶると震えはじめる。 「これからは毎日作ってあげるからね!」 ブチンと何かが盛大に切れる音がした次の瞬間、拳をかためたさんが、思いっきり白蘭サンをぶん殴った。 毒物生産機vs鉄の胃袋
2009.02.20
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