「」 「‥‥なんだ、お嬢ちゃんかい」 ミルフィオーレファミリー第3部隊のはなんの気配もなくいきなり後ろから名前を呼ばれて一瞬身構えた。が、その声が我らがボスの恋人のものだということに気付いて警戒を解く。振り返ればそこにはがちょこんと立っていた。 「どうした、ボスのお守りはいいのか?」 「書類叩きつけて一発殴ってきた」 「‥‥そりゃ、また」 どうやらボスは今日も麗しきお花さんの機嫌を損ねてくれたらしい。よくよく考えたらが気配を消して自分を呼び止めた時点で彼女のご機嫌が決して良いものではないことは明白なのだが、経験上はあえてそれを考えないようにしていた。この可憐で小柄な少女は、こう見えてかなりのやり手なのだ。さすが普段はのらりくらりとしている白蘭がファミリーを動かしてまで手に入れただけのことはある。これから言われるであろう言葉を予測して、つ、とのこめかみを汗が滑り落ちた。 「ストレスがたまってるの。最近あんまり動いてないから、久々に動きたくって。相手してくれる?」 の方が頭ふたつぶん以上低いので必然的に上目遣いになって、こてんと首を傾ける。 ――ミルフィオーレの中に、この花に抗える者は誰一人としていない。 「‥‥わかった」 今日はもうまともに酒は飲めねぇな、とは思った。 「‥‥うわっ」 ミルフィオーレファミリーのナンバーツー、入江正一は鍛錬場の扉を開けてすぐに目に飛び込んできた惨状に盛大に顔を引きつらせた。が白蘭にキレて執務室からいなくなったという話を聞いた彼はこうならないようにと思って慌ててを探しに走ったのだが、どうやら一歩遅かったらしい。ミルフィオーレファミリー第3アフェランドラ隊の隊員全員がボロボロになって床にのびていた。もちろん隊長であるも、一番ダメージは少なそうではあるものの床に臥している。鍛錬場の床や壁はあちこちが抉られて修理が必要な状態だった。 「さんはどちらに?」 「お嬢ちゃんなら気が済んだのか部屋に戻っていったぜ」 いてて、と顔をしかめながら起き上がったが疲れたように言った。はなぜかを気に入っているらしく、ストレスが溜まるとこうして第3部隊を相手に本人曰くの“軽い運動”をする。ところがはさすが殺し屋と言うべきか、あの折れそうなくらい華奢な体のどこにそんなパワーを持っているのかさっぱりわからないほどの実力者で、彼女が本気を出さなくてもですら歯がたたないのである。過去にもう何回もボスの恋人のサンドバッグになっている第3部隊はもはや慣れというか諦めというか、せっかくボスの恋人直々に手合わせをしてもらえるんだから俺たちラッキーじゃん!と無理矢理自分たちを納得させて毎回泣く泣く殴られている。は最後まで奮闘するがやはり勝てず、顔だけは傷つけられないものの結構なダメージを喰らった。やはり今晩はもう美味い酒を飲めそうになかった。 「今回の原因はなんなんだ?」 煙草を取り出してくわえたが一番詳しい情報を持っているであろう入江に聞く。入江は数秒沈黙した後、プリンです、と答えた。 「プリン?」 「ええ。彼女が楽しみにとっておいたバケツプリンをボスが食べてしまったんです」 子どもの喧嘩かよ、と突っ込みたくなった。確かに二人とも甘党だ。がバケツプリンをまるまる一杯平らげたという話は風の噂で何回か聞いたことがあるが、まさか事実だったとは。 「部屋に引き上げたのならもう大丈夫ですね。お疲れ様でした。第3部隊はしばらく休暇ということにしておきますので」 「ああ、そうしてくれ」 医療班も呼んでおきますねと言って、入江は鍛錬場を後にした。全く、なんて手間のかかる二人なんだ。確かにがきてからボスに仕事をやらせるという入江の負担は減ったが、そのかわり彼女を手に入れるためにファミリー総出でしかけた総力戦や彼女がファミリーに入ってからのこういった影響などを考えると、結局プラマイゼロのような気がしてならない。 はぁ、と深く、ため息をついた。 「はい、これ、この間のお礼。ありがとね。またよろしく」 後日回復した第3部隊のもとには、隊員ひとりにつきひとつ、お手製のぬいぐるみが届けられた。 もちろんがいただいたのは双子の狐である。 こうして第3部隊隊員の私室には着々とぬいぐるみが増えていくのだった。 第3部隊の悲劇
2008.02.17
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