「ねぇ、チャン」
肌触りの良いふかふかのソファの上。膝の上に愛用のパソコンを乗せた恋人は、こちらをちらりとも見ずにそっけなく答えた。
「なに?」
チャン、こっち向いてよ」
の肩につく長さの黒髪をさらさらと弄って、白蘭は唇を寄せた。艶やかな髪にキスをひとつ落とせば、そこでようやく視線がこちらを向く。ただし、その表情には邪魔という二文字が大きく書かれていた。
「仕事の邪魔しないで」
「そんなものどうでもいいよ、チャンがかまってくれるなら」
「これはあなたの仕事なんだけど」
の不機嫌な瞳が白蘭をまっすぐに射貫く。白蘭はにっこりと笑って、の華奢な身体を引き寄せた。
「あとでちゃんとやるよ。どうせ正チャンからもいろいろ言われるんだからさ」
「そうやっていつも逃げるから、入江くんの仕事もわたしの仕事も増えるのよ」
「えー、そうかな」
白蘭はのパソコンを覗き込んだ。そこに並んだ文字列をざっと読んで、それからガラステーブルの上に山積みになった書類の山を見る。どれくらいで終わるかな、と目算して、の白魚のような手をとった。
「今日中に全部終わらせたら、相手してくれる?」
は嫌そうな顔をした。今でこそ白蘭の秘書のようなことをやっているが、もともとはミルフィオーレでもなんでもないフリーの殺し屋だ。それをどういうわけかに惚れてしまった白蘭が半ば無理矢理自分のファミリーに入れたものだから、は白蘭が自分を愛しているのと同じようにはこの男を愛していない。
「今日中じゃなくて、午前中に終わらせたら」
「いいよ」
書類の山はそれなりに大量にある。大抵の者なら無理だと答えるところを、白蘭は目を細めて笑いながらあっさりと承諾した。じゃあちょっとだけ待っててね。ちゅ、との唇にキスを落として、白蘭は書類の山に手を伸ばした。普段はのらりくらりと正直ふざけんなこのクソボスと思わなくもないほどにつかめない男だが、やるときはちゃんとやるのだ。これがあるから、はどうしてか白蘭の元を離れられないでいる。真剣な顔は、これでいて結構好みなのだ。
横顔をじっと見つめる。決済の必要な書類がどんどん減っていって、いつもこのペースでやってくれたら彼ももう少し楽になるんじゃないかと、自分と似たような立場に立たされているナンバーツーのことを思った。
こんなことならもっと仕事を用意しておくんだったと少しばかり後悔しながら、白蘭が全てを終わらせるまで、はただじっとソファに座っていた。


蘭の隣に咲くは百合


2008.02.11